Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
いつもの笑顔を作って微笑みかけるのだが、やはり彼女は先日と同じく、どこか警戒した色を目に浮かべている。

全く僕に興味がなさそうなのも、改めて確認することができた。

そしてここからが本番だ。

『アンドレイ、少し環菜さんを借りてもいいかな?ちょっとお願いしたいことがあって。日本人に手を貸してもらえるとすごく助かるんだ』

日本人である彼女だからというもっともらしい理由を述べ、断りにくい状況を作る。

案の定、アンドレイは何の疑問も持たずに快諾し、彼女は相変わらず警戒していたものの外堀を埋められて仕方なくといった感じで承諾した。

彼女を連れ出すことに成功し、そのまま人目のない場所へ誘導する。

せっかくだから桜でも見せて、場の雰囲気を和ませれば言葉を引き出しやすくなるかもという計算もあり、僕は外へ彼女を案内した。

目論見通り、幻想的な桜の光景に彼女は目を奪われている様子だった。

桜の木の下にいる彼女は、桜色のドレスを着ているのと彼女自身が持つ柔らかな雰囲気のせいで、さながら桜の妖精のようだ。

思わず見入ってしまいそうになったのを振り払うように、僕は本題をストレートに切り出した。

「僕の婚約者を演じてくれませんか?」

その言葉にピクっと反応し、彼女は驚きで目を丸くする。

驚きが過ぎ去ると、言葉の意味が理解できないというふうに、怪訝な顔をした彼女は説明を求めてきた。

僕は聞かれた質問にすべて滑らかに答えていく。

このあたりは事前に想定していた流れで、聞かれることも予想の範囲内だ。

これまで外交官として駆使してきた交渉力をフル活用し、相手の納得を引き出すように話した。

説明を重ねると、彼女の顔にも納得の色が広がっていく。

また、僕は彼女の反応を観察していて、彼女が「演じる」というワードにだけ大きく心を動かすことに気づいた。

(なるほど、ここが彼女の響くポイントかな。このあたりを攻めてみるか)

なぜ私なのかと聞かれ、いくつか理由を挙げる中で僕はこんなふうに彼女の演技力を褒めてみる。

「先日街で偶然会ったじゃないですか。あの時の印象と今日が全然違うからです。最初は同一人物かどうか目を疑いましたよ。それに今日も様子を見てたら、話す相手に合わせて微妙に口調や態度を変えているように思ったんですよ。だから過去に演じるようなことを経験されたのかなと思って。当たってます?」

「‥‥よく見てらっしゃいますね。当たってます」

彼女は顔にこそ出さないが、やはりどことなく嬉しそうな雰囲気だ。

(あともう少しで落ちてくれそうだな。もうひと押しか)

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