Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
ポケットに入れられた手はじんわりと温かい。

さらにポケットの中でギュッと手を強く握られてドキッとしてしまう。

(もう、本当に心臓に悪いよ‥‥!)

私はこの数時間で今回の婚約者役を演じる難しさを痛感し始めていた。

シーンごとに瞬間的に演じるドラマや映画の撮影と、ずっと演じ続けなければいけない今回の役は全く違う。

プライベートの延長のようで、どうしても素に戻ってしまいがちだ。

(それにしても、逆に桜庭さんは婚約者のふりが上手すぎる!当たり前のように恋人がすることをしてくるし、全然動揺もないし)

なんだか演技で負けている気がして悔しくなった。


橋を渡り終えて、そのままプラハ城の方へ向かって歩いている途中、桜庭さんが顔を覗き込むように私を見てきた。

「どうかした?」

「別に」

「なんか言いたそうな顔してるけど」

「じゃあ言うけど、なんで桜庭さんはそんなに普通なの?なんでそんなに演技上手いの?」

悔しさから私はちょっと不貞腐れるように言い募る。

そんな私の態度を意外なものを見る眼差しで見たあと、彼はニコニコと笑う。

その瞳には愉快そうな色が浮かんでいた。

「本番に向けた予行練習なんだから慣れといた方がいいでしょ。婚約者ならこんな感じかなって思うことを実践してるだけだよ」

「手慣れてるし、私より演技が自然で上手いからなんか悔しい」

そうボヤくと、彼はクスクスと笑い出した。

常日頃の王子様スマイルとは違って、こんなふうに笑う姿は初めて見るので、珍しくて思わず凝視してしまう。

そんな私の視線に気づいたのか、彼は笑いながら口を開く。

「笑ってごめんね。別に環菜をバカにしてるわけじゃないよ。ただ、環菜って意外と負けず嫌いなんだね」

「負けず嫌いっていうか、今はただ悔しいだけ。私まだ上手く婚約者のふりできてないから。もっと上手くできるはずなのに、まだ納得いってないの!」

「それを負けず嫌いって言うんだと思うけど。まぁ今日は初日だし、あくまで練習だから。パーティーの時に上手くやってくれればいいよ」

慰めるように言われて、それもなんだか悔しかった。

(絶対本番では完璧に演じてやるんだから!期待以上のできだったって言わせてやりたい!)

女優魂をくすぐられて、私はますますこの難役への熱意を燃やした。

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