Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
そうこうしているうちに、丘の上に建つプラハ城に到着した。

プラハ城は世界遺産にも登録されているチェコを代表する観光名所だ。

一つの町のようになっていて様々な建物や広場があり、教会、美術館などが敷地内に建てられているそうだ。

また今度ゆっくり来ればいいやと思い、今日は散策しながら景色を楽しむことにした。

丘の上に建っているので、プラハの町が一望できるのだ。

「うわ〜!すごい絶景!」

眼下に広がる景色に息を呑む。

そんな素晴らしい景色を前に、カレル橋の時と同様、多くの観光客が写真撮影を楽しんでいた。

「環菜は写真を撮ったりはしないんだね」

「うん、私はいいかな。そのぶん目に焼き付けたいの」

言葉通りこの情景を記憶に残そうと、私はじーっとひたすら景色を見つめていた。

真横で同じように景色を見ていた桜庭さんは、ふと思い出したようにつぶやく。

「そういえば、さっき僕のことを桜庭さんって言ってたね」

「そうだっけ?」

「まだ慣れなさそうだね。もっと上手く婚約者のふりができるようになりたいとも言ってたし、向上心のある環菜のために、協力してあげるよ」

「協力って‥‥」

協力ってなに?と言いかけたところで、それ以上言葉を続けることができなくなった。

なぜなら、桜庭さんに指で顎をクイっと持ち上げられて、そのまま唇にキスを落とされたからだ。

「‥‥!!!」

突然のことに茫然自失状態になる。

唇が離れると、驚きで目を見開く私と彼の目が合った。

「あれ?目瞑ってなかったの?」

「‥‥」

「もう一回する?」

「‥‥しない。というか、これは何!?」

「キスだけど」

「それは分かってる!そうじゃなくて、いきなり突然なに!?」

混乱する私を尻目に、彼は平然としてしれっと答える。

「婚約者ならこんな絶景を一緒に見ていたらするかなと思って。それにもっと上手く演じられるようになるための荒治療だよ。僕は環菜に協力したつもりだけど、ならなかった?」

「その気持ちはありがたいけど、でもキスって‥‥!」

「別に舌を入れたわけでもないし、軽いフレンチキスじゃない。海外だと普通だよ」

普通‥‥本当にそうなんだろうか。

頬っぺたにキスは挨拶として海外では普通だとしても、唇へのキスは違うと思うが、確固たる根拠もないから外交官相手に言い返せなかった。

「これからも呼び間違えたり、婚約者のふりの綻びが見えたら荒治療するからそのつもりで頑張ってね」

「‥‥!」

桜庭さんはニッコリとした笑顔を浮かべて、私を諭すように言い含めた。

私はますますこの難役の先行きに不安を感じるのであったーー。

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