Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
その日のスケジュールをこなし、今日はレセプションなどの予定もないため18時過ぎには退勤した。

大使館の外に出ると、待ち伏せしていたのか近くのカフェからあの音大生・三上(みかみ)さんが出てきて小走りで近寄ってきた。

「智行さん!お仕事お疲れ様です!」

バイオリンの専攻らしく、バイオリンケースを片脇に抱えて三上さんはお嬢様らしい楚々とした笑顔を浮かべた。

「また待ち伏せしてたんですか?やめてくださいって前もお伝えしましたよね」

「だって智行さんが連絡先を教えてくれないから!待たれたくないんだったら教えてくれます?」

小首を傾げて上目遣いでおねだりされるが、全く響かない。

ニコリと笑顔を作りながら少し圧を込めて三上さんに向ける。

「あのですね、申し訳ないんですがプライベートなことはお教えできないんです。何かお困り事などあれば大使館の窓口にいらして手続きされてくださいね」

「でも智行さんは窓口業務とかはされてないですよね?会えないじゃないですか!もしかして私の年齢を気にしてます?私が智行さんより10歳も年下だから」

「それは全く関係ありませんよ」

「それなら!私はプライベートで智行さんと親しくしたいんです!」

一向に引く気配がなく、平行線を辿りそうだったので、いよいよあのことを伝えることにした。

「それは困ります。それに僕には婚約者がいるのでプライベートで他の女性とは親しくできません」

ピシャリと言い切ると、衝撃を受けたように三上さんはピタリと動作を止め、驚愕の表情を見せた。

「えっ?婚約者って言いました?‥‥冗談ですよね?」

「いえ、本当です」

「だって半年くらい前に恋人と別れられたばかりじゃないですか!それから相手なんていらっしゃらなかったですよね?」

こちらは正確に把握してるのだと言わんばかりに反論してくる。

そもそも仕事の延長で助けただけの相手に、こんなにプライベートを把握されているのも勘弁して欲しいものだ。

笑顔を深めながら三上さんにも職員に聞かせたあの設定を言って聞かせる。

最初は半信半疑だったようだが、詳細な話に真実味を感じ始めたのか、だんだんと興奮するようにフルフルと身体を震わせてきた。

「‥‥そんなの、そんなの、昔馴染みだとしても突然現れてズルイじゃないですか。私だって智行さんが好きなのに!」

「そう言われましても。僕は彼女を愛してるんで諦めてください」

「きっとそんなのすぐ冷めますよ!だから私、しょうがないから待ってあげます。智行さんが彼女に飽きるのを。どうせ数ヶ月とかでしょうし」

高飛車な態度は甘やかされて育ったお嬢様特有のものを感じる。

きっと欲しいと願って手に入らなかったものがないからこんなに僕に固執しているのだろう。

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