Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
私は気を紛らわせるように意識を料理の方へ向け、調理の続きに取り掛かる。

今日のメニューは、カレーライスだ。

もういいだろうと思い、火を止めて、私はお皿に盛り付け始める。

私がこうやって料理ができるのは祖母のおかげだった。

幼少期に両親を亡くし、祖父母に育てられた私は、料理を祖母に仕込まれたのだ。

自分たちが先に他界してしまうと私が1人になってしまうから、その時に困らないようにとの思いでのことだと言っていた。

おかげで自活力が身に付いたのは助かっている。

お皿に盛り付けたカレーライスを2皿持ってリビングに向かい、テーブルに乗せる。

「今日はカレーなんだ。美味しそうだね」

「お口に合えばいいけど」

「環菜が作るものはいつも何でも美味しいよ」

お世辞で言ってる風でもなく、純粋に褒められているようだ。

これまで人に料理を振る舞う機会はそんなになかったから、褒められるとなんだかくすぐったい。

食事を始めると、智くんはチェコ語で私に話しかけてきた。

「co jsi dnes dělal?(今日は何してたの?)」

「Dnes jsem byl v muzeu umění. Bylo to tak hezké.(今日は美術館に行ってきたよ。すごく素敵だった)」

最近は私のチェコ語の勉強のために、こうしてチェコ語での会話に付き合ってくれる。

アニメを見ながらブツブツつぶやいて真似した甲斐があって、簡単な会話ならできるようになってきていた。

「だいぶ話せるようになったね。環菜は覚えるのが早くて驚くよ」

「仕事してなくて時間があるから。アニメをひたすら見てるし」

「そうだとしても、発音もきれいだし、すごいと思うよ」

また褒められて気分が良くなる。

実は演技をする時に台本のセリフを覚える要領でチェコ語を勉強していたのだ。

ひたすら真似して、ぶつぶつ口に出して馴染ませるのが私のやり方だ。

こういう過去の経験が語学習得にも役立ったのだろう。

それにしてもこんなに立て続けに褒められるのは何か狙いがあるように感じる。

王子様スマイルを浮かべる智くんを私はジロリと睨んだ。

「もしかして何かお願いごとがあったりする?」

「さすが環菜。やっぱり鋭いね」

やっぱりなと思った。

智くんは優しげで甘い笑顔の裏で何かしら企んでいることが多いのだ。

「お願いってなに?」

「来週プラハの有力議員の邸宅でホームパーティーがあって招待されているんだ。それに婚約者役として一緒に同行して欲しい」

いよいよ婚約者役の本番だ。

不安もあるけど、役を披露する舞台がやってきたことに少しワクワクする。
< 51 / 169 >

この作品をシェア

pagetop