Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
「もちろん。だってそれはもともとそういう話だったしね!それにこの前渡瀬さんに会った時にもバレなかったし、私の婚約者役も上達してると思うの!」

私は快諾して笑顔で応じる。

お願いと言うから身構えたけど、なんだこんなことかとホッとした。

「ドレスは必要経費として僕の方で用意しておくから安心して。他に必要なものある?ヘアメイクとか誰かにお願いする?」

「ううん、自分でできるから大丈夫」

「そう、分かった。じゃああとは本番に向けた直前リハーサルだけかな」

「えっ?直前リハーサル‥‥?」

不穏な空気を感じて口ごもる。

こういう流れは危険な感じがするのだ。

カレーを食べ終えた智くんは、スプーンをテーブルに置くと私を見据えてニッコリ微笑む。

「さっき抱きしめただけで身構えてたでしょ。あれは婚約者としてありえないよね。前に言ったよね、綻びが見えたら荒治療するって」

そう言われ、同居を始めた当初にプラハ城で言われたことを思い出す。

同時にその時にしたキスのことまで思い出してしまい、身体が熱くなるのを感じた。

「で、でもさ、渡瀬さんには全然バレなかったよ?だからきっと大丈夫だよ!」

「渡瀬はニブイところあるから。でも今度のパーティーは目の肥えた要人ばかりだし、失敗するわけにはいかないからね」

そう言われるとそうなのかもしれない。

智くんの立場としても、同伴するパートナーに大事な仕事の場で下手なことをされたくないのだろう。

「‥‥直前リハーサルって何するの?」

「そうだなぁ。とりあえず、まずはここにおいで」

少し考えるように天を仰いだ智くんは、何かを閃くと、自身の腕を軽く広げて笑顔で私を見て、こう言ったのだ。

(え?おいでってなに?この胸の中に自分から飛び込めってこと‥‥!?)

なかなかハードルの高いことを言われて、私はピシッと固まってしまった。

「そんなの無理。今は本番じゃないんだからいいでしょ。本番はちゃんとやるから。ね?」

「環菜は昔お芝居をかじってたって言ってたけど、その時も事前にリハーサルとかはしなかったの?ぶっつけ本番だった?」

「‥‥」

拒否すると、そんなふうに諭されて、思わず言葉に詰まる。

ドラマや映画の撮影は、事前リハーサルがとても大切だった。

役者同士の動きやカメラワークの確認などを事前にきちんとしておくことで本番の出来が違うのだ。
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