Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜

#13. アルバイト

「やっと消えた‥‥」

私は鏡にうつる自分を見ながら、首筋にあったあの印がなくなっているのを確認してつぶやいた。


あれは数日前のレセプションパーティーから帰宅したあとの出来事だった。

反省会をしていたはずなのに、いつの間にか、首筋にキスマークを付けられ、押し倒されてキスをされていた。

流れるような展開に完全に飲み込まれ、されるがままになってしまった。

でもそれは心の底で私が喜んでいるからだ。

彼に惹かれつつある私にとって、恥ずかしいとは思いつつも、同時にあんなふうに触れられて嬉しいとも感じるのだ。

この数日、印は隠すのが大変でちょっと困ったけど、いざ消えてしまうと寂しくもある。

それにあのキスはすごかった。

生き物のように口の中でぬるりと動き回る舌に意識がぼぉっとしてしまい、思わずこのままどうなってもいいと身を委ねてしまいそうになってしまった。

(でもあれもこれも、すべては私が婚約者役だから。それに智くんは女性に慣れてるし、婚約者役のふりをしてくれる子になら誰にでもそうするんだろうしね‥‥)

だから勘違いをしてはいけないと自分に強く言い聞かせた。



気分転換に外へ出掛けることにし、私は前に訪れたあのクロワッサンが美味しいカフェへ向かった。

智くんと初めて出会って助けてもらった場所だ。

まだほんの2ヶ月くらい前のことなのに、ずいぶん昔のことのように感じるから不思議に思う。

店内でクロワッサンとコーヒーを楽しんでいると、ふと壁に貼られたチラシが目に入った。

そこには【スタッフ募集中】とチェコ語と英語が併記して書かれてある。

どうやらこのカフェの接客スタッフを探しているようだ。

ちょうどそろそろ新しいことに挑戦してみたいと思っていた私は、これも何かのお導きかもしれないと思い立ち、店員さんに英語で声をかける。

『すみません、あそこのスタッフ募集のチラシを見たんですけど、私でも応募できますか?』

『ちょっと待ってて。マネージャーに聞いてくるわ』

そう言い残すと、バックヤードの方に行ってしまい、しばらくするして私より少し年上の女性を連れて戻ってきた。

『あなたがスタッフ希望の方?』

『はい。今そこでチラシを見て、大好きなお店なので私でも働けるならぜひと思いまして』

『そう、それなら今から時間はある?簡単に面接をさせてもらえるかしら?』

『もちろんです』

マネージャーに連れられて、私は店内の人が少ない席に彼女と向かい合って座った。
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