Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
先日のノヴァコバ議員宅への訪問をふと思い出す。

レセプションパーティーで約束を取り付けたあの件が実現され、邸宅へ再び招かれ、ノヴァコバ議員夫妻と僕と環菜の4人だけで食事をしたのだ。

環菜が家で作って持参した日本食は大絶賛され、夫妻は大喜びだった。

環菜の振る舞いも友人夫妻に会いに来たという雰囲気だったこともあり、リラックスしたノヴァコバ議員が結構重要なことをペラペラ話してくれたのだ。

それが重要な情報だと思っていない環菜が、普通の世間話のようなトーンで話を聞いて相槌をうつから、議員も警戒することなくポロッと漏らしてくれたのだった。

今まで掴むことのできなかったチェコ側の経済や政治状況の内情について情報を得ることができ、心の中でニンマリ笑ってしまったものだ。

しかも次は友人を呼ぶからまたお願いしたいと熱心に口説かれていて、さらなる縁が繋がりそうなのには驚いた。

後日、大使に得た情報を報告すると、大使も思わぬ収穫にホクホク顔だった。

「桜庭くんの婚約者は大活躍だね。まさかノヴァコバ議員夫妻の心を鷲掴みするとは!彼女はもっと色んなレセプションパーティーに連れて行った方がいいんじゃないかい?また大物を釣りそうだ」

こんなことを提案された。

あくまで女避けとして利用したいと思って持ちかけた婚約者役だったが、仕事面でも利用することになるとは想定外だった。


「ほら、やっぱり図星なんですよね。私の方が桜庭さんの役に立てるもの」

「そんなことはありません。僕の婚約者は最高のパートナーですよ。もちろん仕事面においても。それにたとえ役に立たなかったとしても、愛する女性がそばにいてくれるだけで僕は十分幸せなので」

「そんな‥‥!」

「それでは本当に急いでいますので、今度こそ失礼させていただきます。お気をつけて」

呼び止められる隙を作らないように、今度は振り返らず足早にその場を立ち去った。


三上さんのせいで無駄な時間をくってしまい、家に着いたのは22時半頃だった。

携帯電話を確認するが、その時間になっても環菜からの音沙汰は一切ない。

玄関のドアを開けると、家の中は真っ暗だった。

いつもならどこかしら電気が付いているし、夕食の残り香が感じられたりするのだが、今日は怖いくらい真っ暗で物音ひとつしない。

< 75 / 169 >

この作品をシェア

pagetop