Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
電気を付けてリビングとキッチンを覗くが環菜はいない。

こんなに真っ暗で静かだから、そもそも家にいない可能性もあるのではないかと思った。

もう夜中だし、もし家にいないなら何かトラブルに巻き込まれた可能性もある。

胸騒ぎが大きくなるが、まだ環菜の部屋を確認していなかったことを思い出した。

環菜の部屋からは、物音はしないし、ドアの隙間からは電気の光も漏れていない。

やっぱり部屋にもいないのだろうかと思いながら、「環菜、いる?」と呼びかけてドアをノックする。

何度もノックしてみたが、一切返事がない。

やっぱり部屋にもいないのかと思ったその時、わずかに布の擦れるような音が聞こえた。

もう一度ノックするがやはり返事はない。

ドアノブを回すと鍵はかかっていなかったので、そのまま扉を開ける。

すると目に飛び込んできたのは、真っ暗な部屋の中、ベッドの上で布団にくるまる環菜の姿だった。

よく目を凝らすと、顔色がものすごく悪く、小刻みに震えている。

明らかに様子がおかしい。

名前を呼びかけるも、ビクビク震え、顔を隠すように布団を被ってしまった。

「環菜、そんなに震えて一体どうしたの?何があったの?」

見るからに普通じゃない様子の環菜に近寄って声をかけるが、震える声で「なんでもない」「大丈夫だ」と言われるだけだった。

顔を見ようと布団を剥がすと、焦点が合っていない虚な目の環菜と目が合う。

その目には明らかに泣いた跡があるし、今も目に涙が溜まって潤んでいた。

一体どうしたのかと理由が気になって仕方なかったが、話したがらないので聞き出すことを諦めて、ただ抱きしめた。

一瞬身を強ばらせたものの、しばらくすると環菜も僕の背中に腕を回してきて、身体を密着させるように抱きしめ返してきた。

僕から抱きしめることはこれまで何度かあったが、思えば環菜から抱きしめ返されるのは初めてだった。

環菜の小さな身体は僕の腕の中にすっぽり収まっている。

無言のまま抱きしめ合いながら、以前話してくれた環菜の家庭環境の話を思い出した。

両親を早くに亡くし、バカにされることもあった、祖父母も亡くなって今は天涯孤独だと言っていたが、こうやっていつも1人で耐えてきたのだろうか。

最初に環菜を見かけた時は、か弱そうで男がいないと生きていけなそうな女性だと思ったが、むしろその逆だったなと今は思う。

人に頼らず1人で力強く生きている女性だ。

生活に必要なことを身につけ、努力し、こんな小さな身体で懸命に生きている。

そう思うと、環菜を守ってあげたい、力になりたいと思った。

こんなことを女性に思うのは初めてだ。
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