Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜

#16. 2つの演技

情緒不安定で錯乱状態になってしまった翌日、目を覚ますと智くんはすでに出勤してしまっていた。

ぐっすり眠ることができたおかげで、頭はスッキリしている。

気持ちも落ち着いていて冷静さを取り戻した私は、自分の部屋に戻って顔を洗うと、これからのことを考えた。

幸い今日はアルバイトが休みの日だ。

思考を整理する時間はゆっくりある。

私が一番怯えているのは、このままプラハに居られなくなってしまうのではないかということだ。

それを確かめるためには、まずあの2人組がツイートしていた投稿が拡散していないかどうかを確認する必要があるだろう。

あれが不発だったのなら、記者が追ってくることもない。

スキャンダル最中のSNSの記憶が頭をよぎり、また少し手が震える。

あんなふうに悪意にまみれた投稿がいっぱいあったらと思うと確認するのは怖かったが、私がやるしかないのだ。

ゴクリと唾を呑み込むと、恐る恐るSNSを開いてエゴサーチしてみた。

すぐにあの2人組だと思われる投稿を見つけたが、いいねはごく僅かしかなく、リツイートはされていない。

「良かった。拡散されてないみたい‥‥!」

私はホッと安堵の息を吐く。

この様子ならプラハに居られなくなるという心配はなさそうだ。

あとは観光シーズン中に日本から来た人にまたあのように気付かれないように注意しなければいけない。

(アルバイト中にマスクや帽子を被ることはできないから、眼鏡だけでも着用しよう。ちょうど日本で使っていた変装用グッズが手元にあるし!)

現状の把握と今後の対策立案が終わると、張り詰めていた気持ちがだんだんと緩んでいく。

それと同時に改めて昨夜の出来事が脳裏に思い浮かぶ。

今こうして私が落ち着いていられるのは、ひとえに智くんのおかげだ。

きっと気になってるだろうけど、何も聞かないでそばにいてくれたことには本当に感謝している。

今までの人生では、何か辛いことに直面しても1人で耐えて乗り越えてきた。

誰かに頼ったり、素直に甘えたのは初めてだった。

抱きしめられて、体温を感じて、そばにいてもらうとあんなに安心して心が安らぐなんて知らなかった。

でもそれは誰でもいいわけじゃない。

あれは相手が智くんだったからだ。

(惹かれているのは、きっと男性慣れしていない私がスキンシップに動揺してるだけって思ってたのに‥‥。もう誤魔化せないくらい私にとって智くんの存在が大きくなってる‥‥!) 
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