Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
もう認めなければいけない。

好意を持っちゃダメな相手なのに、私は智くんを男性として好きになってしまっている。

彼がこうしてそばにいて優しくしてくれるのは、私だからじゃなくて、あくまで私が婚約者役として必要だからだ。

自分のことに興味がなくて、好意を持たなくて、女避けになる相手として。

だから、いくら彼が優しかったり、恋人のようなスキンシップをしてきても勘違いしちゃいけないのだ。

そして彼のそばに居続けるためには、好意を見せずに、ただの婚約者役でいなければいけない。

(それでも智くんが好きだから少しでも長く一緒にいたい‥‥!だから、私は婚約者役に徹しないと!彼のことをなんとも思ってない演技をしないと!)

つまり、智くんを好きになってしまったことで、私は2つの演技をしなくてはならなくなった。

【昔馴染みで彼のことが大好きな婚約者役】と【婚約者役を頼まれた彼に興味のない秋月環菜役】の2つだ。


私は演技のプロである。

同時期に複数のドラマや映画に出演して、複数の役を演じることも少なくない。

彼と少しでも一緒にいたいという自分の想いのためにやり遂げてみせると心に誓ったーー。



夜になると、仕事を終えた智くんが帰ってきた。

今日の帰宅時間は早く、まだ19時くらいだ。

彼の帰宅は、【婚約者役を頼まれた彼に興味のない秋月環菜役】の舞台の幕開けの合図だ。

智くんは足早に玄関からリビングにやってきて、リビングで夕食を食べている私の姿を見つけると、ホッと安堵した表情になった。

「おかえり!」

「ただいま。良かった、いつも通りの環菜に戻ってる」

「昨日はごめんね!智くんにも迷惑かけちゃって反省してる!あ、夕食はもう食べた?ソーメンがあるけど食べる?」

私は何事もなかったかのようなカラッとした笑顔で、いつも通りに声をかけた。

いつも通りすぎて逆に怪しく感じたのか、智くんは探るような目を向けてきた。

「‥‥まだ食べてないから、ソーメンいただくよ。ありがとう。ところで、環菜‥‥」

「分かった!じゃあ準備してくるから、リビングでゆっくりしてて!」

智くんが何か言い出した言葉を遮り、私は立ち上がってキッチンへ向かう。

きっと彼が話そうとしているのは、昨日の私に何があったのかについてだろう。

どこまで誤魔化せるか分からないが、できるだけその話は避けたい。

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