Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
キッチンから智くんの分のソーメンを持って戻ると、彼はネクタイを緩め、シャツの袖を捲り上げてオフモードになっていた。

こうして改めて智くんの姿を見ると、やっぱり容姿端麗な人だなと思う。

好きになってしまうと、さらに何倍にも増してカッコ良く見えてしまうから不思議なものだ。

今は【彼に興味のない私役】のはずなのに、ドキドキしてしまうのを止められない。

(演技って、鼓動の動きまでは操れないんだよね‥‥。今初めて、心臓まで演技力でなんとかできればって思っちゃったかも)

至って平然を装いながら、ソーメンを彼の前のテーブルに置き、私も腰かける。

「ありがとう。それで環菜、昨日は何があったか聞いていい?」

私が逃げる前に捕まえてしまおうと思ったのか、座るやいなや手首を掴まれ、問いかけられた。

突然の行動に驚くが、【彼に興味のない私役】の私は動じてはいけない。

平然とした態度を維持しつつ、明るい顔を彼に見せる。

「別に大した事じゃないよ。仕事終わりで疲れてたのに手を煩わせてごめんね!お恥ずかしい姿をお見せしちゃいました!できれば忘れて欲しいな」

ドジしちゃった、恥ずかしい!という自分の失敗談を語るテンションで話す。

「そういえば智くんの部屋に初めて入ったけど、本がいっぱいあるんだね」

智くんが何かを言う前にすかさず話題も変えた。

聞きたいことが聞き出せずに不満げな様子だったが、私が何も言うつもりがないことを察してくれたようで、智くんもそれ以上は質問を重ねなかった。

掴まれていた手首からも手が離れる。

「ヨーロッパ各国の歴史や文化、伝統に関する本ばかりだよ。こんな仕事してると頭に入れておかないといけないから」

「そうなんだ。日本語か英語で書かれたチェコに関するものもある?」

「英語だったらあったと思うよ」

「もしよかったら貸して欲しいな!私ももっとチェコについて知りたいから」

アルバイト先のカフェで同僚や常連さんと話す時に役立つだろうと思って聞いてみる。

それにプラハに住んでいる以上、住んでるその国のことを知ろうとするのは大切なことだと思うのだ。

「もちろんいいよ。あとで持っていく」

「ありがとう!」

私はちゃんと【彼に興味のない私役】を演じながらいつも通りに会話ができていることに内心ホッとして胸を撫で下ろした。

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