Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
部屋でシャワーを浴び、そろそろベッドに行こうと寝る準備を始めた頃、コンコンと部屋のドアがノックされる音が聞こえた。

私はそちらの方へ向かい、ドアを開けると、智くんが片手に本を持って立っていた。

「これ、さっき言ってた本」

「明日でも良かったのに。わざわざありがとう」

智くんは律儀に約束を守って持ってきてくれたのだった。

Tシャツにスエット姿になっていて、智くんも寝る前のようだった。

受け取った本をパラパラとめくって見ていると、頭上から視線を感じ、顔を上げた。

智くんがじっと私を観察するように見ている。

「なに?どうかした?」

そう聞き返すと同時に、ふわりと抱きしめられる。

シャワーを浴びたばかりなのか、智くんからはシャンプーの香りがする。

「今日は一緒に寝なくていいの?」

「え?」

智くんのことが好きな私は内心大騒ぎなのだが、勘違いしてはいけないと強く理性が働き、【彼に興味のない私役】のスイッチが入った。

動揺することなく落ち着きながら、智くんの胸を両手で押して距離をとり、目を見てニコリと笑う。

「もちろん一緒になんて寝ないよ。だって私たちは婚約者役なだけでしょ?人がいないところでフリする必要ないじゃない。昨日はイレギュラーというか、本当に申し訳なかったと思ってる。あ、お詫びに婚約者役として何かやろうか?」

私はワザと「婚約者役」という言葉を多用して強調させて話した。

智くんは一瞬わずかに顔を歪めたように見えたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。

「そうだね。うん、考えておくよ」

「何でも言ってね!婚約者役として完璧にやり遂げてみせるから。じゃあおやすみ」

「‥‥おやすみ」

私たちはニコリと笑い合い、ドアを閉めた。


ドアが閉まるのを確認すると、気が抜けたようにその場に私はしゃがみ込む。

(ちゃんとなんとも思っていないように見えたかな?好きだってバレてないよね‥‥?)

遅れてきたように今になって心臓がバクバクと大きく鳴り出す。

シャワー直後の智くんは破壊力があった。

昨日の私はあの状態の智くんに一晩しがみついていたのだ。

それを何とも思っていなかったあたり、よほど精神状態が異常だったことが分かる。

精神状態が正常で、なおかつ好きだと自覚した今、もともと海外育ちでスキンシップの多い智くんとの同居生活はなかなかの難易度だと気付き、頭を抱えずにはいられなかったーー。
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