Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
「最近になって思いついたの!ほら、智くんも仕事中はスーツ着てるけど、家では脱ぐでしょ?その姿を見て私もマネしてみようかな〜って」

「制服があるのに?」

「うん。私には制服だけじゃうまく切り替えられなかったみたいだから、プラスしたの!あ、それより注文は何にする?」


探るように食い下がられたが、微笑みながらしどろもどろに取り繕いつつ、最後は話を強引に逸らした。

智くんは諦めたように小さくため息をつくと、テイクアウトでクロワッサンを購入する。

準備している間、なぜが何かを探すように店内をぐるりと見渡しているようだった。

その様子を不思議に思いながら、袋に入れたクロワッサンを手渡す。

「今日は遅くなると思うから。環菜も夜シフトなんだっけ?」

「うん、といっても智くんよりは早いと思うけどね」

「帰り道気をつけてね」

「ありがとう」

そう言うと、忙しいのか智くんは足早に帰って行った。



その日の仕事終わりのことだ。

夜の営業を終え後片付けを済ませ、私は同僚に挨拶をし21時頃にお店を出た。

お腹空いたなと足早に帰宅しようとすると、いきなり人影が現れて私の目の前に立ち塞がる。

驚いて一瞬ビクッとしながらそちらを見ると、アジア人の男女が目の前にいた。

女性の方は20代前半くらいの日本人、男性の方は同じ年頃の中国人だろう。

日本人の女性ということに、違う意味で私の身体は強張った。

「‥‥あの?」

「あなたが智行さんの婚約者っていう身の程知らずな方よね?」

「え‥‥?」

神奈月亜希の名前ではなく、ここで智くんの名前が出てきたことに驚いた。

大学生くらいに見えるけど、この女性は智くんの知り合いなんだろうか。

「智行さんから私の存在を聞いてないかしら?私たちは運命の相手なの。だからあなたには智行さんと別れて彼の目の前から消えていただきたいの」

その言葉にまた驚いて、思わず目を見開く。

どうやら彼女は智くんのことが好きなようだ。

婚約者役を引き受けた時に、智くんは特定の相手はいないと言っていたから恋人ではないのだろうが、当然の主張と言わんばかりに堂々と言われて戸惑ってしまう。

「私の父はね、日本で大企業の重役なの。経済界はもちろん、政治家にもツテがあるわ。だから智行さんのお仕事の助けにもなれるの。あなたは?ただの昔馴染みなんでしょう?彼の役に立てるようには思えないのだけど」

その言葉は心にグサっと刺さった。
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