Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
彼女の言う通りだからだ。

私には彼の役に立つような家族はいないし、スキャンダルを起こした過去もある。

演技力のおかげで、「婚約者役」としては役に立っているかもしれないけど、ただの秋月環菜としては智くんにメリットがあるとは思えなかった。

(彼女の言うことは正しい‥‥。そういう意味でも私が智くんのそばにいるためには「婚約者役」でいる必要があるんだな‥‥)

皮肉なことに、彼女の言葉で改めて自分の立場を認識できた。

私が言い返さないことを肯定と捉えたのか、彼女は勝ち誇った顔だ。

「分かってくださるならいいのよ。私もそんなに薄情ではないから、あなたには彼を紹介してあげるわ。ハオランよ」

そう言うと、ここまで何も口を挟まず彼女の横で静かにしていた中国人の男性に声をかける。

「思っていた以上に上玉の女じゃないか。俺の好きにしていいんだよな?」

「ええ。お好きにどうぞ」

名前を呼ばれた中国人の男性は、流暢な日本語で彼女にそう聞くと、ニヤニヤといやらしい嫌な笑みを浮かべて私を舐めるような目で見てきた。

情欲に染まったその視線は私の身体に絡みつくように注がれ、嫌な予感に背筋が冷たくなる。

「話も済んだようだし、じゃあいいことしに行こうか。思う存分楽しませてやるよ」

男性は待ちきれないとばかりに、私の腕を掴み腰を引き寄せようと手を伸ばしてくる。

身の危険を感じて後退(あとずさ)ったその時だ。

背後から別の手が伸びてきて、嗅ぎ慣れたシトラス系の爽やかな香りと温かな体温に包まれた。

驚いて振り返ると、智くんに後ろから抱きしめられていて、彼の近くには渡瀬さんまでいる。

なぜここに?と思っていると智くんが女性に向かって口を開いた。

「三上さん、これはどういうことでしょうか?なぜ僕の婚約者と?」

「智行さんのためです。なかなか別れないから、きっと彼女が困らせているんだと思って、私がなんとかして差し上げようと思ったんです。優しい智行さんのことだから、彼女を一人にするのを気にするかと思って、私は代わりの相手まで準備したんですよ!そうすれば、心置きなく私の元に来られるでしょう?」

彼女は褒めてくれというふうに声高々と智くんに言って聞かせている。

「僕は何度も言いましたよね。三上さんにプライベートで関わるつもりはないと。それに彼女を愛しているので、あなたの元に行くことはないので諦めてくださいと」

こんな時なのに、智くんの「愛している」という言葉に思わずドキッとしてしまう。

私ではなく、あくまでも婚約者役に向けられた言葉だと頭では分かっているというのに。
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