氷の王子はクラスでぼっちな私の抱き枕になりたいらしい~クールな御曹司の溺愛が熱くて甘くて困惑中~
第5話 一緒に入るの?
〇苺ノ花学園高等部社会科準備室(三時間目終了後の休み時間)
宝は棚を背にして怜に壁ドンされていた。
怜の視線は鋭くて力強い。
怜「妃芽さんが全部あげる相手って、誰?」
宝(イケメンの壁ドンは美の圧が凄すぎる……っ)
心臓が破裂しそうなくらい宝の鼓動はバクバクしていた。
宝(氷劉くん……、いらないんじゃなかったの!?)
〇苺ノ花学園高等部2年A組の教室(冒頭のシーンと同日、時間は戻って二時間目終了後の休み時間)
窓際で一番うしろの席に座っている怜。
その隣の宝の席には、クラスメイトの女子が座っている。
宝は教室の扉のそばに立ち、壁の花のようになっていた。
宝(私の席……)
宝の席に座っている女生徒は、怜に可愛くラッピングしたクッキーを差し出している。
女生徒「氷劉くん、こ、これ、もらって?」
怜「いらない」
宝(今度は前園さんか……これで何人目だろ)
怜が席を立って教室の外へ出て行く。
その後をクッキーの包みを持った女子が何人か追いかけていった。
〇苺ノ花学園高等部男子トイレ
怜が入ると、一郎がハンカチで手を拭いているところだった。
一郎「ハハハ、さすがにトイレまで来る女子はいないみたいだね」
怜「なんで女子って、調理実習でお菓子を作ると人に渡そうとするんだろ」
一郎「怜は女子と話さないから知らないかぁ。うちの高校って、調理実習で作ったお菓子を渡すのは好きです付き合ってくださいっていう意味らしいよ」
ハァ、と怜がため息をついた。
怜(早退したい……)
一郎「僕は妃芽さんに渡したんだ、男子が渡したって意味は同じはずだからね。いい返事がもらえるといいけど」
ニコ、と一郎が怜に笑みを向ける。
怜は一瞬だけ大きく目を見開いた。
怜「……調理実習のお菓子の意味って、女子はみんな知ってるのかな」
一郎「僕でも知ってるくらいだから、女子ならみんな知ってるだろうね。女の子って友達同士でそういう話するの好きだし、知らない人なんていないでしょ」
怜「ふーん……」
怜(妃芽さん、イチになんて返事するんだろ)
考えながらトイレを出た怜に、さっそく他の女生徒がクッキーを渡そうとした。
怜は、いらない、と断っている。
〇苺ノ花学園高等部2年A組の教室(三時間目で世界史の授業中)
眼鏡をかけ真面目そうな見た目で背の高い男性教師が授業を行い、黒板には大きな世界地図がかけられている。
隣の席の怜から、スッと調理実習で作ったクッキーにノートを破ったメモ『俺が作ったのでよければあげる』が机の上に差し出されたのに気が付く宝。
宝(キス以来ずっと、尊と匠の間で先に寝るようにして氷劉くんのこと避けちゃったけど、怒ってなさそうでよかった……)
『ありがとう』と書いたメモを宝は怜の机の上に置く。
宝(山田くんもくれたし、高校生の男の子ってクッキーあんまり好きじゃないのかな)
人の目には見えないが、『ぼっちだから意味を知らない人』の矢印が頭にささっている宝。
宝(尊も今はクッキーが好きだけど、高校生になると味覚が変わるのかも……?)
宝は今朝のやりとりを思い出す。
(回想)
尊「調理実習でクッキー作るの? 俺にちょうだい!」
宝「いいよ。砂糖が分量通りで小さい子には多いから、匠には内緒ね」
(回想終了)
怜はノートに、『妃芽さんが作ったのは誰かにあげる?』と書いてシャープペンで消し、『妃芽さんが作ったの俺にちょう』まで書いて、少し考えてから消した。
先生「今日はここまで。日直は……妃芽と氷劉だな。休み時間にこの資料、社会科準備室に戻しておいてくれ」
黒板にかかっているのとは別に、教壇の机の上にも巻かれた状態の資料が四本おいてある。
宝(けっこう量があるな……)
席を立とうとした宝のもとへ、ふたつ前の席の姫華が近付いてきた。
姫華「妃芽さん、持ってくの手伝ってあげる」
宝「ぇ、い——」
怜「ふたりいれば足りるから、手伝いは必要ない」
宝「いの?」
いいの? と聞こうとした宝の声は、怜の声に遮られてしまった。
姫華「そっかー。ぁ、ねぇ氷劉くん。今度の土曜にクラスの友達でプールに行くんだけど、一緒に行かない?」
怜「行かない」
姫華「ぇー、屋内だけどスライダーもあって楽しいよぉ?」
怜「興味ない」
まだ話したそうな姫華を無視して黒板の方へ進む怜の後に、宝がついていく。
怜「妃芽さんは黒板にかかってるの持ってきて、俺は机の上のを持っていくから」
宝「わ、わかった……」
怜はヒョイと机の上にある四本の資料を担いだ。
宝は黒板にかかっている地図を外そうとするが、位置が高く地図の重さもあるためなかなかフックから外す事ができない。
宝(意外と重い……っ)
苦戦している宝の背後に立ち、背の高い怜がスッと片手で地図をフックから外す。
宝「ぁ、ありがと」
お礼を言いながら顔だけ怜の方へ向けた宝は、ふたりの距離の近さに思わずドキッとしてしまう。
『そのリップ、俺に奪わせて』と言われキスされた事を思い出し、宝の頬が赤くなった。
宝(あのキス以来なんか気まずくて家でも距離をとってたから、こんなに近いの久しぶり)
怜「行こ?」
宝「う、うん……」
廊下を歩く怜にクッキーを手にした女生徒が話しかけたそうにしているが、荷物持ってる……、と言って遠巻きに見ているだけで話しかけてこない。
社会科準備室へ宝が先に、怜が後ろから入っていく。
怜は入ると、片手でガチャリと鍵をかけた。
宝「あれ、いま鍵かけた?」
怜「女子がクッキー持ってついてきてたから。中まで入ってこられると面倒」
宝「そっか」
宝(氷劉くん、大変そうだなぁ……)
宝は地図を持ったまま、部屋の奥の方へ入っていく。
似たような資料が置かれているのを見つけた宝。
宝(ここに置いておけばいいのかな)
宝が地図を棚に置くと、怜がすぐ隣に立って自分が持っていた資料を隣に置いた。
ふたりの距離は腕が触れるくらい近い。
怜「……妃芽さんが調理実習で作ったクッキー、欲しいんだけど」
宝「ぁ、ごめんね。もうあげる約束しちゃった」
怜「ぇ、全部?」
宝「うん、全部」
次の瞬間、宝は棚を背にして怜に壁ドンされていた。
怜の視線は鋭くて力強い。
怜「妃芽さんが全部あげる相手って、誰?」
宝(ひぇぇ、イケメンの壁ドンは美の圧が凄すぎる……っ)
心臓が破裂しそうなくらい宝の鼓動はバクバクしていた。
宝(氷劉くん……、いらないんじゃなかったの!?)
怜「誰?」
宝「た、尊……」
宝の回答を聞いた怜が、キョトンとした表情になる。
宝「氷劉くんは私にクッキーをくれたのに、どうして欲しがるの?」
怜「もしかして妃芽さん、意味を知らな……」
困惑したようないつもと違う表情の怜を見て、今度は宝がキョトン顔。
ハァァ……、とため息を吐きながら怜はポスッと宝の肩に顔をうずめる。
宝の胸がドキンと跳ねた。
怜「妃芽さんイチからクッキーもらっただろ、どう思った?」
宝「クッキー好きじゃないのかなって、思った……」
怜「そっか……」
宝の肩に顔をうずめていた怜が少し動き、宝の耳元で囁いた。
怜「この間の続き、してもいい?」
宝「この間?」
怜「妃芽さんの誕生日の夜、匠がトイレって起きちゃった時の続き」
怜とキスをしていた時に匠の、といれぇ、と目を擦りながら言う声で、バッと離れた事が宝の頭に思い浮かぶ。
宝が顔を赤くしていたら、扉の方から「開かなーい」「なんでー?」という女生徒たちの声が聞こえてきた。
途端に慌てだす宝。
宝「ダ、ダメ……学校だよ。廊下に人がいる」
怜「わかった、じゃ、続きは家で」
宝「ぁ、違う、そういうことじゃ——」
ちゅ、と宝の唇に触れるだけのキスをすると、怜は愛おしいものを見つめるような優しい笑みを浮かべた。
宝の胸がキュンと音を立てる。
怜「俺が先に出るから、妃芽さんは人がいなくなってからおいで」
怜がいなくなると、ヘナヘナヘナ……とその場に座り込んでしまった宝。
宝(氷劉くんは私の事を異性として好きなの? いったいどうして??)
宝には、自分が好かれる要素がどこにあるのか分からなかった。
〇商店街(昼間)
商店街の一画に設置されたパイプテントの下で、当たりを知らせるハンドベルが鳴った。
男性「おめでとうございま~す! 三等は日帰り温泉施設四名様無料券で~す!」
宝(当たった……)
驚いて目を見開いている宝の後ろの方で、あらいいわねぇ、という女性の声がしている。
景品のチケット(封筒に四枚入り)を渡された宝は、テントにいる男性に質問した。
宝「ぁ、あの、これって……三人でも使う事はできますか?」
男性「差額の返金はできないけど、それでもよければ少ない人数で利用できますよ」
男性の回答に、ホッとしたような表情を見せる宝。
姫華からプールに誘われていた怜が、興味ないと言って断っていたのを思い出している。
宝(氷劉くんは興味ないだろうし、尊と匠と行ってこよう。それに……)
社会科準備室でのキスと怜の微笑みを思い出し、宝の顔が赤くなった。
宝(あれ以来ますます恥ずかしくて近付きすぎないようにしてるのに、自分から誘うなんてできない)
〇怜の家のリビング(昼間)
宝と尊がワクワクしながら当選した日帰り温泉施設のパンフレットを見ている。
匠もつられてワクワクした表情。
宝「温泉、しかも露天風呂があるなんてすごい。尊、匠、楽しみだね」
宝(温泉なんて、匠が生まれる前に家族で行って以来だ……)
ガチャ、とドアが開いて怜がリビングに入ってきた。
宝の胸はドキッとするが、怜は普段通りのクールな表情で一人掛けのソファに座って本を読み始めている。
尊と匠は温泉のパンフレットに夢中。
尊「匠、温泉ってすっげー広いんだぞ。宝ねぇと三人で入るの楽しみだな!」
匠「たのしみだな」
宝「た、尊、ちょっと待って」
尊「なに、宝ねぇ?」
少し慌てた感じの宝に対して、尊がキョトンとしている。
宝「尊は一緒に入れないよ」
尊「なんで!?」
宝「幼稚園の時は一緒に入れたけど、もう尊は小学生だからひとりで男湯に入るんだよ」
宝の話を理解した尊がふてくされた表情になった。
尊「ぇー、じゃぁいいよ俺、行かない」
宝「ぇ、ここ露天風呂もあるみたいだから行こうよ」
尊「ひとりで入ってもつまんねーもん。行かねー」
宝がしょんぼりとしている。
宝「露天風呂好きなのに……。入りたかったなぁ……」
尊「ぁ、怜にぃに一緒に行ってもらえばいーじゃん」
宝「ぇ?」
尊「怜にぃ怜にぃ、ここ一緒に行こ―ぜ」
温泉のパンフレットを持って、尊が怜のそばへ行く。
宝(氷劉くん、日帰り温泉なんて興味ないだろうなぁ……)
怜「いいよ」
怜の回答に宝は目を見開いて驚き、尊と匠はワーイと喜んでいる。
宝「ぇ、いいの!? 氷劉くんが日帰り温泉に興味あるなんて思わなかった」
怜「温泉には興味ないけど、尊が喜ぶ事には興味があるから」
宝「そっか、ありがとう……」
宝にお礼を言われても、怜の表情はクールなまま。
怜「いつ行く?」
宝「えっと……急だけど明日とか日曜だからどうかな」
スマホで予定を確認する怜。
怜「午前中は祖父と会う予定があるけど、戻ってから午後三時以降でもよければ」
宝「私の方は大丈夫。それじゃ、明日行こう」
宝(氷劉くんって、一見冷たそうに見えるのにすごく優しい)
怜(妃芽さん、露天風呂が好きなんだ……)
口には出さないけれど二人は心で相手の事を考えていた。
〇日帰り温泉施設(昼間)
男湯と女湯を示す大きなのれんの前。
少しかがんだ姿勢の宝が、尊を諭している。
宝「尊、洗い場で走ったりしちゃダメだよ。あと湯船で泳ぐのも禁止だからね」
尊「わかってるってば。じゃ、怜にぃと行ってくるから」
尊が男湯の方へ歩き出そうとしたら、匠がギュッと宝と尊の手をつないだ。
匠「いっしょはいる」
尊「匠も俺と一緒に男湯いくか?」
尊が聞くと匠はコクンと頷いた。
匠「たぁねぇもいっしょはいる」
宝「匠が男湯に行くなら私は一緒に入れないよ?」
匠「いっしょはいるいっしょはいる」
少し大きな声を出した匠に対して、慌てて口元で人差し指を立てた宝。
宝「匠、シー。静かにしようね」
匠「ぃやぁ、いっしょはいるいっしょはいる」
宝(まさかここで匠が駄々をこねるとは……。あれ、氷劉くんがいない?)
周囲を見回すが、宝から見える範囲に怜の姿はない。
宝(さすがに呆れてどこか行っちゃったのかな、氷劉くん……)
宝が落ち込んでいると、妃芽さん、と後ろから声をかけられた。
振り返ると怜が立っていて、長方形のキーホルダーがついた鍵を持っている。
怜「貸切風呂があったから借りてきた。妃芽さんが好きな露天風呂みたいだよ。三人で行っておいで」
宝(氷劉くん……っ)
怜の優しさに感動して、宝の瞳に涙が浮かぶ。
宝(……優しい、やっぱり私、氷劉くんの事が好きだ)
宝の胸の鼓動が、速くなっていった。
宝(この好きはきっと、家族に対する好きとは違う。どうしよう、なんか急に恥ずかしくなってきた)
怜の方を見る事ができず、宝は尊と匠に笑顔を向ける。
宝「よかったね、これで一緒に入れるよ。ありがとう氷劉くん。ほらふたりも、お礼言って」
尊「怜にぃ、ありがとう!」
匠「れぇにぃありがと!」
怜「それじゃ、あとで風呂出たら電話して」
宝「わかった……匠? 行くよ?」
いつの間にか宝と怜、ふたりの手を匠がギュッと握っている。
匠は手をつないでいる宝と怜の顔を交互に見上げると、ニコッと笑った。
匠「たぁねぇ、れぇにぃ、いっしょおふろ、はいろ?」
あまりのあり得ない状況に、手をつないでいる三人の頭上を、ピヨピヨピヨ……、とヒヨコが飛んでいるような幻覚が見えてしまった宝。
だがすぐにハッとして、宝は匠を注意する。
宝「た、匠、これ以上わがまま言わないの」
匠の目に涙が浮かび、ウルウルし始めた。
匠「いっしょおふろぉ」
そんな匠の様子に、何かあったのかしら……、と歩きながら気にする人の姿もチラホラ。
周りの視線が気になり始めた宝。
宝(ど、どうしよう……)
怜は匠をヒョイと片手で抱っこすると、空いている方の手で尊の手をつないだ。
怜「尊、匠、行こう。妃芽さんもついてきて」
宝「ぇ、う、うん……」
着いた先は貸切風呂の脱衣所だった。
怜は脱衣所で匠をおろすとカラカラと扉を横に開けて風呂の方を確認している。
宝(氷劉くん、どうするつもりだろう……)
怜は再び匠を抱き上げた。
怜「俺たちいったん外に出てるから、妃芽さんは先に身体を洗って風呂に入ってて」
宝「ぇ、入るの?」
怜「10分したら俺が尊と匠を連れて入るから、それまでに洗うのは終わらせてお湯に入っててほしい」
宝「ぇ、ぇ、氷劉くんが入る……って、ぇ、裸を見られるって事!?」
激しく動揺している宝。
怜の頬も、珍しく少しだけ赤い。
怜「お湯は濃いめの乳白色だった。湯に浸かっていれば一緒に入っても身体は見えない」
宝「ほ、ほんとに一緒に入るの?」
怜「一緒に入るよ、それでいいだろ匠?」
抱っこされている匠が、うん、と嬉しそうに頷いた。
怜「それじゃ妃芽さん、今から10分後に」
扉を開けて怜と尊と匠が出て行く。
宝「いまからって、ぇ、ぇ、いそがないと……っ」
服を脱いだ宝が、洗い場で椅子に座り身体を洗っている後ろ姿の描写。
この貸切風呂は露天風呂のため脱衣所を出るとすぐに外で、洗い場も屋外にある。
宝(な、なんかとんでもない事になっちゃった……ッ)
宝の顔は、これ以上ないくらい赤くなっていた。