カサブランカで会いましょう。
 「美味いねえ。 この煮物。) 「そう? うちの旦那さんは褒めてくれないのよねえ。)
「褒めてるやんか。 お多福。) 「何よ 案山子。」
「どっちもどっちだなあ。」 「健作、どういう意味だよ?」
「そういう意味だよ。」 「ったく、、、どいつもこいつも。」
 俺がお茶を飲んでいると清美が漬物を持ってきた。 「はーい、手作りの沢庵でーーーーーす。」
「何おどけてるの?」 「いいじゃない。 たまには。」
「たまにはって、、、お前のたまにはいつもだからなあ。」
「もう。 ほんとに可愛くない旦那だこと。」 「俺が可愛かったらきもいだろう?」
「それはそうだけど雰囲気考えてよね。」 「清美さん、それは無理だと思うよ。」
「そっか。 無理か。」 「ガク、、、。」
「なあに? 傷付いた?」 「いいんだもん。 雰囲気読めない旦那なんだから。」
「怒っちゃった。」 そう言いながら頬っぺたを擦り寄せてくる清美なのでありました。
 「しかしあれだなあ、こないださあウズラの卵を咽に詰まらせた子供が居たろう?」 「居たな。」
「その後、どうなったか知ってるか?」 「さあなあ。」
「学校がさ、ウズラの卵を使わなくなったんだって。」 「は? 馬鹿じゃねえの?」
「そう思うか?」 「そんなもんなあ、「よく噛んで飲み込むんだよ。」って教えりゃ済むだろうが。」
「ところがさ、そうやってまた詰まらされたら怖いって思うんだって。」 「今の先生たちはだらしない上に問題ばかり起こす馬鹿が多いからなあ。」
「もしこれでバナナが何かやったらどうなるだろうねえ?」 「バナナも中止だって騒ぐんじゃねえのか? あいつら指導力不足を突かれたくないもんだからさ。」
「そんなことしたら食べる物が無くなっちゃうじゃない。」 「いいんだ。 お粥と流動食でも出してやりゃいいじゃん。」
「それもどうかな?」 「昼休みも短いんだし、先生様も指導しないで済むし、一石二鳥だぞ。」
 しかしそれなら老人ホームでもウズラの卵とバナナは悪者になってしまうだろう。
以前、老健で働いてたやつが言っていた。 「バナナってさあ、滑るから咽に詰まらせるんだよなあ。 なんか対策は出来んのかなあ?」
「バナナチップにするかジュースにするしか無いんじゃないのか?」 「それも手間がかかるなあ。」
「手間がかかるからってバナナばかり出してたらいつか犠牲者が出るぞ。」 「それはそうなんだが、、、。」
「職員の手間を考えるか、入居者の安全を考えるか、どっちかにしろよ。」 「言いたいことは分かるんだが、、、。」
 そう言って結局はバナナを出すことをやめてしまった。 面倒くさいことには蓋をしろってね。
 この世の中、面倒くさい病ほど厄介な物は無い。 必要なサービスでも「面倒くさい」と思えば止めちまうんだからな。
 昔の日本人は面倒くさいなんて言わなかったぞ。 言う前に動いてたぞ。
 あの紅麹問題だってそうだろう? 「いつものことだ。 面倒くさい。」って思ったからああなったんだよ。
「黴なんてさあ、いつでも入るじゃん。 いつものことだよ。」 そう思ったから何もしなかった。 それじゃあダメなんだよ。
 学校も企業もどうかしてるよね。 みんなぶっ潰して最初からやり直したほうがいいんじゃないの?

 健作が帰った後、俺はまたチーズと睨めっこを始めた。 清美は電話で誰かと話している。
時々、ワートカキャーとか奇声を上げるものだからそのたびに苦笑してしまう。 「呑気なやつだなあ。」
「あらあら、悪かったわねえ。」 「聞こえた?」
「だって、近くなんだもん。 聞こえるわよ。」 「そっか。」
 妻の顔を見ずに話している俺、、、。 まあいいか。
 チーズのご機嫌を確かめるとコーヒーを飲む。 そして廊下をウロウロ、、、。
「お散歩?」 「お散歩。」
「もう。 オーム返ししないでよ。」 「いいだろう? たまには。」
「いつもじゃない。 飽きない人ねえ。」 「お前だって、、、。」
「そうねえ。 悪かったわねえ。」 「どっかにいい女は居ないかねえ?」
「李多ちゃんなんていいんじゃないの?」 「毎日毎晩 チーズケーキを強請られそうだなあ。」
「じゃあ、芳江ちゃんは?」 「あの人はきれい好きだからなあ。」
「じゃあ、香ちゃんはどうなの?」 「あいつは金が掛かる。」
「じゃあ居ないじゃないよ。」 「結局はお前しか居ないんだよ。」
「そのようねえ。 こんな偏屈な旦那には私しか居ないのよ。 分かった?」 「はいはい。」
 そんなわけで今夜もまたまた同じ布団に潜り込むのであります。 飽きないもんだねえ。
 まあそれでも子供まで授かってくれたんだから良しとしようか。
 次の日、朝からチーズと睨めっこをしながらケーキを作ってます。 もう何年やってるんだか、、、?
辞めたくなったことも有るよ。 チーズに触れたくなくなったこともね。
でもね、そうすると調子が悪いんだ。 食欲も無くなるし。
 この店、前は午前10時に開店してたの。 でもさ、それをやると高校生たちが朝から来るんだよ。
「授業が面白くない。」とか「先生と喧嘩した。」とか言ってさ。
 最初はしょうがないからケーキも出してやってた。 そしたら今度は親が飛び込んできてさ、、、。
「何で息子にケーキなんか食わせるんだ!」って怒鳴ってきやがった。 よくよく周りのおっさんたちに話を聞いてみると親も息子もどっちもどっちの悪だったんだね。
 変な喧嘩で巻沿いは食いたくないからねえ。 考え抜いた末に午後2時開店に変えたんだ。
 朝はその分、ケーキ作りに専念できるようになった。 おまけにいろいろと買い揃える時間も出来た。
真向いの喫茶店に遊びに行ってショコラなんかを買ってくることも有るし、チーズケーキの味見をしてもらうことだって有る。
コーヒーの淹れ方を教えてくれたのも向かいのマスターだよ。 さあ出来たぞ。

 昼を過ぎると清美は店の準備を始める。 カップとかナプキンなんかも数を揃えたり見直したり。
カーテンを開けてドアを開く。 昼休みだから歩いている人も少ない。
 ケーキは厨房の片隅に置いてある大きな冷蔵庫の中に寝かせてある。 メインはチーズだからさ、、、。
そのうちに試作品も並べようと思ってる。 いつになるかは分からないけどね。
 「こんちはーーーーー。」 馴染みの声が聞こえる。
「はーーーーーーい。」 清美がお絞りを持って飛んでいく。 「今日も元気だねえ。」
「元気ですよーーー。 旦那を押さえとかないといけないから。」 「そんなに危ないの?」
 「だって誰彼構わずに喧嘩するんだからねえ。」 「誰がだよ?」
「うわ、いつの間に来たの?」 「声がするから飛んできた。」
「飛ばなくてもいいわよ。 蝙蝠じゃないんだから。」 「何で蝙蝠だよ?」
「まあまあ、いいからいいから。 ケーキ出してあげて。」 「ttt、、、、忘れてた。」
 「夫婦揃って面白いなあ。」 「和田さん 今頃分かったの?」
「今頃なんてそんな、、、。」 「そうよねえ。 この変なのが分からなかったら来てないもんねえ。」
 「ハイチーズ。」 「おいおい、写真撮るんじゃないんだからさあ、、、。」
「ほらほら、和田さんが困惑してるでしょう?」 「いいんだもん。 これでいいんだもん。」
 やっぱりここは変なケーキ屋さん。 マスターがマスターなら客も客。
でもこれで何年もやってきたんだ。 今更、誰も変えられない。
 そこへまたまた客が入ってきた。 「こんにちは。」
「はーーーーーーーい。」 いつものように清美がテーブルに行くと、、、。
 「以前は閉店前に来ちゃってごめんなさい。」 「あらあら、琴美さん。 今日は早いわねえ。」
「編集の仕事が早く終わったから早めに抜け出してきたんです。」 「あらそう。 待っててね。 熊おじさんを呼ぶから。」
「呼ばれなくても来てるよ。」 「あらあら、速いのねえ。」
「だってだって、琴美さんだもん。」 「知って他の?」
「ケーキを作ってたら見えたから待ってたよ。」 「あ、どうもすいません。」
 「チーズでいいよね?」 「お願いします。」
琴美はいつものようにタブレットを開いた。 そしてブログを開くと何かを書き始める。
 「マスター、今日のケーキも美味しそうですねえ。」 「そうかい? 今日は特級品だぞーーーー。」
「そんなに大げさに言わなくてもいいから、、、。」 「いいのいいの。」
 こんな場面を見せられている和田さんはコーヒーを飲みながら苦笑いするばかり。
「ごめんね、和田さん。」 「いいよいいよ。 分かってるから。」
「そうなのよ。 主人ってね、若い女性には自慢したがるの。」 「嫁をか?」
「何よ それ?」 「可愛くてお利口で人気者ですからねえ うちの嫁は。」
その話に琴美さんも笑いが止まらないらしい。 「ほらほら、食べられないでしょう? 黙ってなさい 案山子君。」
「誰が案山子だよ? お多福。」 「あのねえ、お客さんの前でお多福は無いでしょう?」
「だったらさあ、お客さんの前で案山子は無いでしょう?」 「やめたら? 二人とも。」
 「面白いご夫婦ですねえ。」 「そうそう。 こんな小さな店だから面白くないとやってけないのよ。」
「分かるなあ。」 「でしょう? ね、ダーリン。」
 ほんとに仲がいいのか悪いのか本人たちでさえ分からないのであります。


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