婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

婚約破棄は突然に


「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」

 豪華絢爛、王家主催の舞踏会。

 ハイネシック王国王太子、金髪碧眼の美青年セルビオ・エドイン・ハイネシックの声が響き渡る。

 一瞬、ざわっと困惑した声がホール内に聞こえたが、すぐにしんと静まり返り、名前が出たミュリア・メリッジ公爵令嬢に人々の視線は集まった。

 俯いているミュリアの肩が小刻みに震えている。この緊迫した空間……ゴクリと唾を呑み込み、声を出す者は誰一人いない。

 ミュリアがゆっくり顔を上げた。

 さぞかし悲哀に満ちた顔をしているのでは……と同情の目が注がれたが、それはすぐ驚きの目に入れ替わる。

「はい、喜んで!」

 …………はい?

 王太子を始め、そこにいる者全てが同じことを思っただろう。目をまん丸くし、ミュリアを凝視した。

 え? 喜んじゃうの? いやいやいや……そこまで言えとは言ってないはず。

 王太子はコホンと咳払いをし、聞き間違えたのかも……とゆっくりと噛み締めるようにもう1度伝える。

「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する」
「ですから、喜んで!」
「……えっ!?」
「えっ?」

 …………ええ?

 戸惑い黙り込んでしまった王太子に、ミュリアはにっこり微笑み、優雅にお辞儀をする。スカートの裾をつまみ上げたまま、くるりと背中を向けた。

「そうと決まればっ!」
「……えっ?」
「ではっ!」

 これ以上はないほどのキラキラの笑みでミュリアは走り去ってしまう。

 それはもう脱兎のごとく……

 その場にいた全ての人の頭に浮かぶ、疑問の言葉。


 ……えっ?
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