婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
私は可笑しさが込み上げ、クスクス笑ってしまう。
「先日なんか、ラリア嬢にイノシシをけしかけられまして」
「は? イノシシ?」
「はい、イノシシです。イノシシが私に向かって突進してきましたので……あ! 殿下、知ってます? 猪突猛進って言いますけど、イノシシって曲がれるんですよ!」
私はあの時のイノシシを思い出し、ぷっと吹き出した。
「へっ? イノシシ、曲がれるのか? ……いや、今イノシシの豆知識なんかどうでもいい! そんな話、俺、聞いてないぞ!!」
笑っている私の横で、顔面蒼白になった殿下は大きな声を出す。
「えっ……ご報告すべきでしたか? 美味しかったと……」
「お前に危険があったんだ。そんな奴をほっとけ……え? 美味しかった?」
「ええ。得意の炎の魔法で焼いてしまいましたの。豚さんの丸焼きになりましたので、城下町の皆さんといただきましたわ。食材を調達して下さるなんて、たまには虐められるのも悪くないですわね」
私があっけらかんと説明すると、心底疲れましたと言わんばかりの殿下の溜息が聞こえた。
「はぁぁ……いや、お前、もう少しさ……怖がって、俺を頼るとか……」
「まぁぁ、そんな畏れ多いですわ。とにかく話を元に戻します。という事で、命の危険なんていつでもありましたのよ。ラリア嬢も私じゃ埒が明かないからと、まさか殿下に脅迫状を出すなんて思いませんでしたけど……」
私はコホンと咳払いをし、満面の笑みを向けた。
「何はともあれ、婚約破棄が成立した以上、私の命の危険はなくなりました。これで私はのんびり暮らせますわ。そろそろ、虐められるのにも飽きてきましたもので。殿下、本当にありがとうございます。さぁ、どうぞ安心して王都へお帰り下さい」
にこやかに殿下にお礼を言い、王都へ帰るよう促すと殿下は膨れっ面でプイッと横を向く。
「やだ」
その子供の頃から変わらない拗ねた顔に、思わずポカンとしてしまう私。
殿下、それ、一国の王太子の顔じゃないですからぁぁ。大人になりましょうよぉぉ。