婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
「……やだ、とおっしゃられても……手違いであれ、正式に婚約破棄いたしました以上、元には戻れませんのよ? そう法律で決まっております」
「……法律、変える」
駄々っ子殿下めっ。
「王太子ともあろうものが、法律変えるなんて……笑い者になりますよ?」
「笑われてもいい」
「私は嫌です。笑い者になって欲しくありません」
まぁ、婚約破棄を皆の前で、喜んで! と言ってしまった私が言うのも何だけど。
「逃げても追いかける」
急に真剣な表情になり、殿下は私の両手をスッと握った。青い瞳が私を見つめる。
そ、そんなに見つめられると、さすがの私も照れちゃうじゃない。殿下が美青年である事は認めているわけだし。
「……え、えっと……明日から別の街に行く予定なんです。殿下は早く帰って、公務をなさって下さい」
いつもと違う甘い雰囲気に視線を逸らし、口ごもってしまう。
「嫌だ。婚約者に戻れとは言わない。恋人から始めよう」
これ、私、口説かれてるのかな? もう少しロマンチックに言えばいいのに……
私はニコッと殿下に笑いかけた。殿下はガッツポーズを決める。
「……よしっ! そうと決まれば!」
「嫌です」
私の台詞にガッツポーズが崩れる殿下。
「少しは考えろよ! 俺はお前以外とは結婚しないからな! 子供の頃からお前一筋なんだぞ!」
恥ずかしげもなく、街のど真ん中で殿下が声を張り上げた。多くの通行人達は何事かと立ち止まり、私達2人をニヤニヤと見ては「よっ!頑張れ!」と冷やかしを飛ばす。
殿下は周りの声も聞こえてないのか、更に声が大きくなる。
「お前が好きなんだーーー!!」
顔がかぁぁっと火照ってくる私。
すっごく恥ずかしいんですけどっ!!
「これからお買い物に行くんですから、ついてこないでくださいね!」
茹でダコになっているであろう顔を両手で押さえ、殿下をその場に置いて、踵を返しダッシュで逃げる。
なにこれ! なにこれ! なにこれぇぇ!
ロマンチックからはほど遠いじゃない! まるで決闘を申し込まれているような言い方じゃない!! こんなの恋じゃなーい!
「お、おい、待てよ!! 待てってば! 俺も一緒に行くから!」
心の中で文句を言いつつも、殿下の慌てふためく声になぜか自然と顔が綻んでしまう。
私はくるりと振り返り、後ろにいる殿下に向かって叫ぶ。
「早く捕まえないと! 貴方の恋人は逃げ足早いんだからっ!」
私の言葉に動きを止め、目をまん丸くした殿下の顔が可笑しくて、私は久しぶりにお腹がよじれるくらい声を出して笑った。
《fin》