若旦那様の憂鬱〜その後の話し〜
入院生活
花が病院に入院してから生活は一変した。
柊生は結局、事件の事もあり病院に掛け合い、寝泊まりする事を承諾してもらった。
朝は病院食を一緒に食べ、病院から出勤する。
初めのうちは看護師も医者も戸惑いを見せたが、1週間くらい経てば当たり前の光景になって行った。
花は絶対安静とは言え、体調的には元気に回復して日々ベッドの上で、編み物をしたり本を読んだりのんびりして過ごしていた。
被害届を出してから警察は防犯カメラと遠藤先生の有力な情報のおかげで、2週間で犯人の目星が付いた。
当初、美波と間柴は菜摘先生では無いかと疑い、2人で何とか炙り出そうと探偵のような事をして、毎晩花に動向を報告しに来てくれた。
「絶対、菜摘先生が怪しいよ。
だって最近、お昼寝タイムの時だって職員室に戻って来ないし、花ちゃんが産休に入ってから、やたら優しくなったんだよ。」
仕事帰りに巷に人気のプリンを手土産にやって来た美波と間柴は、そんな話しをして盛り上がる。
「僕はそれでも意図的にと言うよりは、ぶつかっちゃってとか事故だったんじゃないかとか思いたいんだよねー。」
花も誰かを犯人に疑いたく無くて、間柴の言うような事故であって欲しいと思っている。
「私もボーっと歩いていたから…ぶつかっちゃっただけかもしれない。」
花自身は誰が悪いとか犯人は、とか本当はそんな事したく無い。
だけど、柊生の言うように誰かに怯えて暮らすのはもう嫌だし、お腹の赤ちゃんの事を考えると曖昧にしてはいけないと思った。
「花ちゃんは誰も犯人にしたく無いんだ。」
間柴が花の心情を思いそう聞いてくる。
そこで、ちょうど柊生が帰って来た。
「お帰りなさい。」
「お邪魔してます。」
このところ病室では、こんな感じが毎晩の光景になっていて柊生も自然に受け入れていた。
「ただいま。いらっしゃい。」
にこやかに入って来た柊生は、みんなの為にオードブルを買って来てくれた。
「看護師長に見つかると怒られそうだから、内緒でお願いします。」
そう言って、静かに宴会が始まる。
「旦那様って結構気さくな人なんだね。
もっと近寄り難い人かと思ってたよ。」
美波がこそっと花に言ってくる。
「背広を脱いだら普通の人ですよ。」
花も笑いながらこそっと言う。
「いやいや、普通では無いからね。こんな素敵な旦那様はまず居ないから。」
女子達が2人でこそこそ話しているのを間柴は横目で見て、面白く無さそうな顔をする。
「柊生さん、女子がなんかこそこそ話してますけど、俺らも何か秘密な話ししましょうか?」
背広を脱ぎソファにいるみんなの輪に入って来た柊生に言う。
「秘密なんて何も無いですけど…。」
困った顔で柊生は苦笑いする。
「そう言えば、警察から連絡があって犯人が特定したらしいです。」
「マジですか!!」
これにはみんな驚き、一斉に柊生に注目する。
「容疑者に任意同行をお願いしたと言っていました。」
「すごっ!日本の警察もまだまだ捨てたものじゃないですね。で、誰なんですか?」
「まだそこまでは教えてもらえませんでしたが…。
花、明日もしかしたら病室に警察が来るかもしれない。」
「そうなんだ、了解です。」
花は警察の真似を柊生にして敬礼する。
柊生はそれを見てホッとする。
犯人を知ることは花にとっては負担になるのではと内心心配していた。
この、2人のおかげであまり深刻にならなくて済んだのかもしれない。
「俺もその時は時間を作って戻るから連絡して。」
「うん。分かった。」
微笑みを浮かべる花を見つめて、しばし癒される。