若旦那様の憂鬱〜その後の話し〜
そんな感じで、あれこれと時間がかかり、会場に着いた頃には既に大会が始まっていた。

今日の花は念の為、車椅子を使うようにと担当医から言われていたから、美波の恰好が丁度それを押してくれる会場のスタッフっぽく見え、上手く会場に溶け込む事が出来た。

「旦那様の有段者の部はまだ始まって無いみたいだよ。」
大会表を手にした間柴が確認して、3人はホッと一息つく。

「有段者の部は13時から第三、四射場だって。」
今回の大会は思っていたより大きな規模で、地元のアリーナで行われていた為、車椅子で移動するには一苦労だった。

急いで3人は観やすい場所まで移動する。

射場には丁度選手が10名ほど並んで出場して来るところだった。

黒紋付に灰色の袴で正装した選手達は同じ格好ので、遠目では誰が誰だか分かりにくい。

「あっ!」
3人一斉に柊生を見つけ声を上げる。

その背の高さなのか、凛とした立ち振る舞いなのか、はたまた纏っているオーラなのか、分からないけれど柊生だけは直ぐに見つけられた。

射易いように左肩を出し姿勢を正して座る仕草さえ様になり、目線を離す事が出来ない。

「カッコいい…。」
美波が思わず呟く。
花も思わず頷いてしまう。

シンと静まり返った会場に、進行役の声だけが響く。

前から順に射抜く為、後ろの者は立て膝で待機している。

澄み切った空気とピンと張った緊張感の中、順々に柊生の番が近付く。

番になり、3人は手に汗を握りながら祈るように見つめていた。

柊生が一礼して前に歩み出て構える。

全ての所作が美しく、素人目でも完璧に見える。

矢を引き、構え、射る。

花は静まり返った会場に風を切り進む矢の音が聞えた気がした。

遠目では分かりにくいが真ん中に当たったように見える。
これを20射繰り返し合計点数で競う事になっている。

粛々と大会は進み、最後は選手達が射場にお辞儀をして去って行く。

3人はその間、息を詰め柊生のみを見つめ祈り、ビクッとも動かず見守った。

「凄い、初めて観たけど…弓道ってかっこいいな。クセになりそう。」
間柴がそう言う。

「本当!なんかこうピリッとした緊張感と作法的な日本文化の格好良さみたいなの素敵だよね。ちょっとやってみたくなった。」

美波も感化されたようで、キラキラした目で選手達を見つめている。
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