若旦那様の憂鬱〜その後の話し〜
控え室の前には、恰幅の良い白髪のダンディな叔父様が困り顔で待っていた。

「柊生、トロフィー置いてったら困るよー。」
久しげに話す笑顔の優しいその人は、高校時代の恩師、榊先生だと言う。

会場にトロフィーも賞状も弓道具すら置いて居なくなってしまった柊生のために、わざわざ控え室まで運んでくれたらしい。

「いつも冷静な柊生がいきなり走って居なくなるから、何事だと思ったよ。
噂の奥さんが来ていたんだな。」
朗らかに笑う柊生の恩師に失礼があってはならないと、花は車椅子から立ち上がって頭を下げる。

柊生が心配して、すかさず花に手を差し出して支えてくれる。

「初めまして、主人がお世話になっております。妻の花と申します。」
自己紹介すると、いいから座ってと2人から心配され車椅子に逆戻りした。

「柊生はある意味昔から高嶺の花だったからなぁ。結婚したと聞いてどんなお嬢さんかと気になっていたんだ。」

「そんな事ないです。
辞めて下さい。花に変なプレッシャーを与えるのは…。」

父親にさえ敬語で抑揚なく話す柊生が、恩師の榊に対しては気兼ね無く、心を許したように話すから、ちょっと意外だなと思って花は2人の様子を興味深々で見つめていた。

「もう直ぐ出産予定日も近いんだろう?
入院中だって聞いてたから、大変だったんじゃ無いか?奥さんよく来てくれたよ。」
不意に花に話を振られて戸惑う。

「実は…来ないでって言われてたので、こっそり観て帰ろうと思ってたんですけど…見つかっちゃったんです。」 

苦笑いをする花の頭を榊はヨシヨシと撫ぜて、そうか、そうか。と笑いながら、

「もっと柊生を困らせてあたふたさせてあげれば良いよ。」
と言う。

「そう言って花を焚き立てるのは辞めて下さい。」
と、柊生は渋い顔をする。

「つまらなかった日常が、今は毎日楽しいだろう。柊生にはそのくらいの刺激が必要なんだよ。
学生の頃から、どんな辛い練習も淡々とこなして、あっという間に上達しちゃうからさぁ。
面白味の無い人生を送るんじゃないかと心配していたんだけど、人生を彩る素敵なお嫁さん会えて良かったなぁ。」

うんうんと頷き、榊は自分の事のように嬉しそうだ。

「確かに、花が居れば毎日退屈しないでしすね。」
そう言う柊生も楽しそうに笑っている。

柊生は控え室に榊を招き入れ、楽しそうにしばらく話しをしていた。

2人の不思議な師弟関係に聞き耳を立てながら、花は自分は柊生を毎日引っ掻き回しているのかも心配になってくる。
< 157 / 190 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop