若旦那様の憂鬱〜その後の話し〜
既に他の選手は居なくて、だだっ広い控え室に3人だけだった。

榊は豪快にガハガハ笑い、柊生を揶揄っては花に優しく笑いかけ、束の間楽しい時間を過ごした。

「先生すいませんが、妻を早く病院に連れて帰らなくてはいけないので、今日はこの辺で失礼します。」

柊生はまだまだ話し足りなさそうな榊を前に、結構強引に話を切り上げ帰り支度をするために袴を脱ぎ出す。

先生がまだいらっしゃるのに…と花は慌てるが、2人にとっては当たり前の事の良いで、

「それじゃあ、邪魔者は退散するか。
元気な赤ちゃん産んでくださいね。」
と、花に微笑み榊が言うから

「はい。すいません慌ただしくて、また落ち着いたら是非ご挨拶に伺いたいと思います。」
と、花は車椅子から慌てて頭を下げる。

榊はにこやか手を振って去って行った。

「あの人の相手をしてたらあっという間に日が暮れる。気にしなくて良いよ。」

花が何となく心配そうに柊生を見ている事に気付いてそう言ってくる。

「柊君にしては珍しく壁が無い感じで話してたね。」
花は不思議に思っていた事を聞いてみる。

「あの人に取り繕った笑顔は通用しないんだ。ああ見えて弓道界では結構な重鎮なんだけど、気さくな人だろ?」
早々着替え終えた柊生が着物を片付けなが素っ気なくそう言う。

「柊君にもそう言う人が居てくれとホッとしたよ。」
花も荷物の片付けを手伝いながら微笑む。

「あの人には初めて会った時に見透かされたよ。肩の力を抜けって言われた。」

「凄い先生だね。」

「凄いのか…能天気なのか…。
知り合って何十年経っても掴みどころの無い不思議な人だ。」
そう言って、荷物を抱え花の車椅子を押してそそくさと会場を後にした。
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