若旦那様の憂鬱〜その後の話し〜
父の住む最寄り駅近くの寂れた喫茶店で父に会う。

父は始め、そっちに行くと言ったらしいが、柊生が花の心情を察して、そちらに伺いますと話しを通してくれた。

確かに、幼い頃に植え付けられた恐怖心のせいで、花にとって父が大好きな街に来ると思うだけで身構えてしまうし、心が乱れるのはどうしようもない。

まだ知らない土地で知らない場所で会った方が気が楽だった。

約束の喫茶店には1時間前に到着して、柊生の提案でそこで昼食を食べる事にする。

寂れた雰囲気の喫茶店にはジャズが流れ、年老いたマスターと常連客と思われる客が数人だけ。

よそから来た花達を物珍しそうに、しかし決して声は掛けず遠目で見守ってくれている。

花はフレンチトーストを、柊生はオムライスを注文する。

椋生はまだ離乳食を始めていないので食べられないが、それでもお座りが出来るようになって、お気に入りのおもちゃをかぷかぷ口に運びながらご機嫌でいてくれる。

「椋ちゃん最近、カミカミするようになったから歯茎が痒いのかなぁ?
もしかしたら歯が生えてくるのかも。」
花が嬉しそうに椋生を見て言う。

柊生も、椋生に指をパクパクと食べられながら、
「確かに噛まれると前より硬いかも。」
と、我が子の成長を発見して嬉しそうに笑う。

「だいたい6か月で離乳食始める人が多いみたいだよ。」

「じゃあ、母乳もそろそろ辞めるのか?」

柊君の関心事はそこ?
花はそう思いながら、

「母乳はだいたい1歳まで飲ませる人が多いらしいよ。今は子供から離れるまで3歳くらいまで飲ませる人もいるみたいだし。」

「…それは…長すぎだろ。」

不機嫌そうな顔で言う柊生に、花はフフッとつい笑ってしまう。

「何でそんな顔?」

「そろそろ返してもらわないと、花のは俺だけのものなんだから。」

柊生が真顔で言うから、花はハッとして慌てて柊生の口を両手で抑える。

「こんなところで恥ずかしい事言わないで。」
小声で咎める。

「当たり前の事を言っただけだ。」
柊生は憮然とした態度でそう言う。

たまに変なところで我が子と張り合うからびっくりしてしまう。

「ほら、早く食べないとお父さん来ちゃうよ。」
花は恥ずかしくなって、周りをキョロキョロしながら、慌ててパクパクと食べ始める。

柊生はそれ以上は何も言わず、悪戯っ子の目をして、笑いながら食べ始める。
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