乙女と森野熊さん
『はい』
たったそれだけの単語なのに、低い熊さんの声が耳に届いて驚くほどほっとする。
「お仕事中にごめんなさい」
『何があった?』
声のトーンでおそらく熊さんに普通の電話が無いことがばれた。でも熊さんは落ち着いている。
「今、道場に近い警察署にいるの。
その、万引きしたりした男を捕まえたんだけど、警察の人に保護者出せってうるさく言われて」
『怪我は?』
「無いよ」
実は男に爪を食い込まされたところから血が出たし、あざのように色が変わっているがまぁ靴下でごまかせるからあえて心配させることを言うべきじゃ無い。
『そこに警察官がいるんだね?』
「うん」
『わかった。代わってくれるかな』
熊さんは怒ってないだろうか。ずっと声は同じトーンでいまいちわからない。
私は目の前のおっさんを睨むとスマートフォンを差し出す。