乙女と森野熊さん


「そうだね。でも乙女ちゃんが捕まえる必要は無いんだ。それは警察がすればいい」


「だから!」


「事故の時の憤りがあるからって、乙女ちゃんが危険に遭うリスクを自分から負いに行かなくても良いんだ」


その指摘にハッとする。そうだ。だからだ。

両親達の車とトラックがぶつかる前、かなり前からトラックはふらふらと蛇行しながら走っているのを多くの運転手と通行人が見ていた。

なのに一件も警察に通報は無かったのだそうだ。

事故の原因はトラック運転手の居眠り運転によるものだけど、その原因は会社がずっと働かせて休みもほとんど無かったから。

もしも。

もしもトラックが蛇行している、危ないと多くの人が通報してくれていたなら。

トラック運転手がきちんと睡眠を取れる会社だったのなら。

誰かが気づいて行動していれば、私は未だに両親と暮らせて、このマンションには幸せ一杯のお姉ちゃんと熊さんが二人で暮らしていたはずだ。


「誰かが通報していればあの事故が起きなかったという保証は無い」


いつもの無表情で冷静にそう話す熊さんを前に、余計に私の気持ちが高ぶる。

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