乙女と森野熊さん
「あの、我が侭言ってごめんなさい」
「何も我が侭じゃない。乙女ちゃんはいつも我慢しすぎる。
むしろこうやって言ってくれる方が俺には良いんだ。
それに、今日あんな風に頼ってきてくれて俺は嬉しかったよ。
とりあえず俺は風呂に入るからケーキ、食べていなさい」
そう言って私の手を離し立ち上がった熊さんを見上げる。
ずん、と大きくて未だに表情は変わらないけれど、とてもとても優しい。
疑似家族でも良い。私にとって、とても大切で唯一の人。
「ううん、一緒に食べたい。だから待ってる」
少しだけ熊さんの目が細くなって私の頭に大きな手が一度乗った。
私はそのまま大きな人を見上げる。
「飲める日ならビール用意しようか?」
「ケーキにビールの経験は無いが、試すか」
ちょっとだけ笑いを含んだような声で返された。
お風呂場に向かう大きな背中を見送って、私はケーキを準備しようとソファーから立ち上がる。
少しすれば、あの熊さんが薔薇の香りをまとわせて出てくるのだろう。
迷惑をかけたのに、勝手なことを言った私を熊さんは気にかけてくれる。
ケーキを食べる前にちゃんとお礼を言わなきゃ。
私はお風呂場から聞こえた音に、ピンク色のお湯につかる熊さんを想像して口元が緩んだ。