恋ではないからややこしい
男達の事情
まだ自分の上司は落ち込んでいるかもしれないと思いながら、ドアを開けると同時に女は声をかけた、だが、返事はない。
やはり、駄目なのかと思ってしまう、しかし、椅子を回転させ、くるりとこちらを向いた男の顔を見て驚いた、顔つきが違うのだ。
「それでこそ、ボスです」
ここ一ヶ月あまり、男は元気がなく、仕事も手につかなかった。
今までと比べようがないほど落ち込んでいた、だが、今目の前の男の顔を見てほっとした。
男は金はある、顔もそこそこいいので、街中を歩いていると知らない人間は芸能人、ハリウッドの映画俳優かと間違って声をかけてくるくらいだ。
見た目がいいと女もわらわらと寄ってくる、仕事が好きで金も好き、そこそこに金払いはよく付き合う女も複数だった。
だが、そんな男が恋をしたのだ、それも真面目な本気の恋だ。
ところが、うまくいかないというか、実らなかった。
それで男は、ここ一ヶ月ばかり、別人、いや、廃人のようになっていたのだ。
「このまま、ずずーっと落ち込んでたら軽蔑されますよ、彼女に」
「なっ、何を分かったような、君にはデリカシーがないのか」
男はじろりと女を睨み付けたが、女は動じる素振りも見せない。
「実は手紙を預かっているんです」
「手紙だと、メールじゃないのか」
不思議というより、何故と言いたげな顔つきになった男に彼女からですと女は一言、その言葉に男の表情が変わった。
「亡くなる前に彼女から頼まれて、タイプしたものです」
別れましょうと妻から言われたとき、裕(ゆたか)はやはりと思いながらも頷いた、選択がそれしかなかったからだ。
自分が悪いといえばそれまでだが、どうしても役者になりたいという夢を捨てることができず、ここまできてしまった。 十代、二十代なら若さと勢いでなんとかなったかもしれない。
だが、結婚して四十も半ばになると我慢できなかったのかもしれない。
最初から不安はあったのだ、結婚して人生をやっていけるだろうかと、彼女には連れ子がいた。
二十歳を過ぎた息子は離婚すると言った瞬間、やっぱりという表情になった、薄々は感じていたのかもしれない。
「役者、続けるんだろう」
一瞬、返事を躊躇った。
何か言わなけれと思ったとき。
「母さん、男いるよ」
裕は、はははと笑った、気づかなかったよと呟くと息子はそうと頷いた。
奇妙な沈黙がしばらく続いた後。
「舞台やめるなよ」
そう言われて頷くことしかできない自分に脱力してしまった。
ようやく舞台に出ることが決まった、オーディションには受からなかった自分が何故と思ってしまう。
審査員の中にいた演出家に声をかけられたのだ、自分の舞台に出て欲しいと声をかけられたときは驚いた。
最近、流行でアニメや漫画が舞台、それもミュージカルになることが多くなってきた。
そんな舞台に出るのは初めてだ。
チケットを送るか、ふと思い出したのは少し前に出会った学生時代の知り合いだ。
自分が役者をしていることを知ると観に行きたい、チケットはどこで買えるのかと熱心に聞くので、それならチケットを送ると言ったのだが。
亡くなりました、その言葉に驚いた。
まったく、なんて様だ、久しぶりに酒を飲んで酔っ払ったのはいいが、そこをスクープされてしまった。
自分みたいな記者の恋愛ネタなんてものがニュースになるのかと驚いてしまう。
最近は芸能人、一般人など関係ない、動画配信、ユーチューバー、おもしろいこと、変わったこと些細な、どんなことでもネタになってしまう風潮はいかがなものか。
恋愛、結婚、離婚ネタが取り上げられるのは少し前まで巷で犯罪や暗いニュースが多かったせいかもしれない。
だからといって、自分みたいなおっさんが、若い女と歩いていただけでニュースになるのはいかがなものかと思ってしまうのだ。
三浦正史は数年前までは新聞記者だった、当時は政治、世間を騒がすようなネタを探して相手にインタビューして生活していた。
だが、今は変わった、一般人がSNSネットに身近な事件をupするようになると記者の仕事、やり方も変わってくる。
ネタを探し、アポを取り付けてインタビューというのが嫌いではないが、それに飽きた、いや、疲れたのかもしれない。
そんなとき、小説を書いてみたらどうかと声をかけられたのだ。
フィクション、ノンフィクション、小説ってどんなものを書けばといいのかと迷ったが、試しに短い文章を書いてネットに応募してみたが、駄目だった。
初めて書いたものだし、仕方ないと思ったが、このまま放っておくのももったいないと思い、小説の投稿サイトに載せたのだ。
すっかり忘れていた頃、知らないアドレスからメールがきた。
自分の小説をおもしろいと思った人間がいたのだろう。
正史は目を開けた、飲み過ぎて道端で寝込んでしまったのだ、いい歳をしてみっともないと言われるだろうが。
通りすがりの女性に助けられたのだ。
目が覚めて知らないアパートの部屋にいると知ったときには驚いた。
慌てて礼を言って逃げるように出てきてしまったのだが、後になって失礼な事をしたのではと思ってしまった。
善意で助けてくれたのだ、悪意のある人間なら財布の中身を抜き取ったり、そのまま放置していただろう。
小さな菓子を買うと女のアパートを訪ねることにした。
今時、こんな古いアパートも珍しいなと部屋の前まで来たとき、インターホンを押そうとした手が止まった。
ドアノブに手をかけると、鍵はかかっていない。
嫌な予感がした、声をあげて正史は室内に駆け込んだ。
警官はストーカーですねという警官の言葉に正史は、そうですかと頷いた。
「自分は恋人だなんて言ってますが」
「そうなんですか」
とんでもないと警官は首を振った。
「ところで、あなたは」
事実を話せば自分も怪しい人間と思われるかもしれない。
作家なんですと正史は名刺を差し出した。
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「母さん、男いるよ」
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奇妙な沈黙がしばらく続いた後。
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三浦正史は数年前までは新聞記者だった、当時は政治、世間を騒がすようなネタを探して相手にインタビューして生活していた。
だが、今は変わった、一般人がSNSネットに身近な事件をupするようになると記者の仕事、やり方も変わってくる。
ネタを探し、アポを取り付けてインタビューというのが嫌いではないが、それに飽きた、いや、疲れたのかもしれない。
そんなとき、小説を書いてみたらどうかと声をかけられたのだ。
フィクション、ノンフィクション、小説ってどんなものを書けばといいのかと迷ったが、試しに短い文章を書いてネットに応募してみたが、駄目だった。
初めて書いたものだし、仕方ないと思ったが、このまま放っておくのももったいないと思い、小説の投稿サイトに載せたのだ。
すっかり忘れていた頃、知らないアドレスからメールがきた。
自分の小説をおもしろいと思った人間がいたのだろう。
正史は目を開けた、飲み過ぎて道端で寝込んでしまったのだ、いい歳をしてみっともないと言われるだろうが。
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