Ray -木漏レ日ノ道へ-

【君シカ見エナイ】

男女で色の見え方に違いがあるのだと、最近の研究で明らかになったらしい。
男性の識別できる色が七色、それに対して女性は四倍以上もの色を識別できるという。

自分が普段見ている光景は他人から見ても同じなのかと、不安になりはしないか?

もし自分に見えているものが、他人の目には違うように映っていたら?
もしくは、そもそも自分にしか見えていないのだとしたら──

**

お疲れ様ですと、後ろで一本に束ねた少し癖のあるアッシュブラウンの髪を解きながらスタッフルームの扉を開けた。

その瞬間、むせ返るような薔薇の匂いに、隣にいた同僚の咲子(サキコ)が無言で顔を歪める。

「くさ……うわ、誰よ香水使ったの」

香りの好き嫌いがあまりない私ですら気になるほどの匂いなのだから、香水や強い柔軟剤を苦手とする彼女には辛いだろう。

普段は感情を顔に出さない人が、うんざりとした顔でこめかみを押さえている。

「飲食店でこれは、さすがにダメなやつでしょ」

部屋に立ち入れない彼女を残し急いで二箇所ある窓を全開にすると、すぐに夜風が吹き抜けて強い薔薇の匂いを連れ去っていった。

しばらくすると匂いは薄れたけれど、今度は十一月の冷たい空気が部屋中に広がって、私と咲子は肩を震わせながら帰り支度を済ませたのだった。

「──さっきはありがとう、朱里(アカリ)さん」

店の前の自動販売機でホットココアを購入した咲子が、毛先まで手入れの行き届いた琥珀色のセミロングを風に靡かせながら、それを私に差し出した。

「え? いいよ、別に何もしてないし」

「ううん。窓開けに入ってくれたの、本当に助かったから」

ひとつ歳下の彼女は今の勤務先での同期だが、高校時代に同じバイト先であるファミリーレストランで知り合った。

二十歳を過ぎて中途入社した今の飲食店で再会した時はその偶然から話が盛り上がり、仲良くなるのに時間はかからなかった。

学生の頃は意識していた年の差なんて社会に出ればどうでもよくなって、どうしてあの頃からもっと仲良くできなかったのかと密かに反省したりもした。

「咲子は律儀だね。じゃあ、お言葉に甘えて」

お礼を言って受け取った缶を両手で包み、指先を温める。
自然と駅までの道を二人並んで歩いた。

「そういえばさ。前に一緒に働いてたファミレスの常連さんで、スタッフ皆が格好良いって騒いでたイケメンパパ、覚えてる?」

「覚えてますよ。今日来てましたよね?」

「……やっぱりそうだよね? 似てるなあって見てたけど、あの家族だよね」
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