Ray -木漏レ日ノ道へ-
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閉店した店の裏口へまわると事務所だけ電気がついていて、店長がまだ中で作業しているのだとわかった。

電話で忘れ物を取りに来たと伝えて鍵を開けて貰うつもりでいたが、店の電話は留守番電話サービスに繋がってしまう。
スマホも電池切れなのか電源が入っていない。

驚かせてしまうだろうと思ったが他に手段も思い浮かばず、窓を直接ノックすることにした。

「お疲れ様です、朱里です。忘れ物してしまって……」

中の人影が動きを止めた。

「店長、いらっしゃいます……?」

おそらく私の声は届いているはずなのに、店長は返事すらしてくれない。

不審に思って、私は隣にいたレイくんに目配せをした。

「壊す?」

小声でそう言った彼に私が頷きかけたその時──

裏口の鍵が外された音がして、扉の奥から現れた人物に私は目を見開く。

「さき、こ……?」

どういうことなのか、私が会いたかった人物が今、申し訳なさそうな顔をして私の目の前に立っている。

「すみません、朱里さん」

それが何に対しての謝罪なのか、すぐに理解することができなかった。

立ち尽くす私に、本当にごめんなさいと彼女は再び謝罪を口にして深く頭を下げた。

──深夜のスタッフルームで、難しい顔をした私と咲子は机を挟んで向かい合う。

レイくんは少し離れた壁に寄り掛かり、視線は窓の外にやったまま腕組みをして私たちの話に耳を傾けているようだった。

「私を育ててくれた祖母──この店のオーナーから少し前に私が会社を引き継ぎました。……本当はオーナーというのも名ばかりで、高齢の祖母に代わってずっと私が経営に携わっていたんです」

「このこと、店長は?」

「……実は店長にだけは伝えてました。騙してたみたいで、すみません」

唇を噛み締めた彼女は目を伏せ、人形のように長い睫毛を震わせて今にも泣き出しそうだった。

私や他のスタッフにも隠しながら同じ職場で仕事をするということは、余程の罪悪感に苛まれてきたのだろうと思った。

中途採用して貰った恩だってあるのに、私に彼女を責めることなんてできるわけがない。

「咲子のことだから、変に気を遣わせたくなかったんだよね。ありがとう、話してくれて。──あ、敬語のほうがいいですか?」

彼女は一粒だけ涙を零した後、冗談ぽく付け足した私の言葉で安堵したように笑ってみせた。

「思ったより元気そうで良かった。本当に心配だったから」

予想の斜め上を行く形で緊張が解け、つい欠伸が出てしまう。
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