Ray -木漏レ日ノ道へ-
彼女の無事が確認できたのだから、今夜はぐっすり眠れ──ないのだということを思い出し、彼に目をやった。

私に協力してくれるなら血をあげると、墓地で勢い任せに発言してしまっているのだ。

薄い唇で綺麗な弧を描く彼はきっと今、私の考えていることがわかっているのだろう。

「ええと、じゃ、咲子。またね」

ぎこちなく言って立ち上がった私を今度は彼女が心配そうに見てくる。

「朱里さん、大丈夫……?」

「ああ、平気。ちょっと眠いだけ、うん。咲子も無理しないで、ちゃんと休むんだよ」

わざわざ外まで見送りに出てきてくれた彼女に笑顔を貼り付けて手を振ると、彼女もまた小さく手を振って微笑んでくれた。
それは今までと変わらない咲子の姿だった。

「呆気なく解決したね」

「私には衝撃が強くて、正直まだ全部を受け入れるには時間が必要だけど。無事で良かった、本当に」

彼女の姿が完全に見えなくなったところで、私とレイくんは声を潜めて話し始める。

「でも彼女、ずっと隠してただけあって役者だね」

「オーナーの正体が咲子だったなんて考えたこともなかった」

「それもそうだろうけど。彼女さ、オレと何度か目が合ってる」

「え?」

思わず足を止めた私に合わせ、数歩先を歩いていた彼も立ち止まって振り返った。

「彼女も稀にいる、見える人なんだろうね。気づかないふりしてるの、君には隠せてもオレにはバレバレ」

「……咲子の血も貰うつもり?」

「それってヤキモチ?」

「違う、咲子が心配なだけ」

すぐに反論した私が面白かったのか、彼は目尻を下げて私に背を向けると軽い足取りで再び歩き始め、慌ててそれを追いかけた。

「雰囲気で察した。彼女にはたぶん、契約してるヴァンパイアがいる。香水の件、忘れた?」

彼に言われて思い出す。
薔薇の香水の謎が何一つ解決しないままだったこと。

「見える人間と契約したがるヴァンパイアは多いんだ」

誰にだって知られたくないことはある。今回の一件でそれを強く感じた。

全てを明らかにすることは私の自己満足でしかなくて、時には見ないふりをすることが優しさだったりもする。

「……咲子のこと、相手のヴァンパイアのことも、これ以上は触れない。でも、ひとつ教えて。契約って?」

「ああ、パートナー契約のこと。簡単に言うと口付け、キス、接吻」

恥ずかしげもなく紡がれた予想外の言葉に私のほうが顔を赤くした。

「契約者同士は人間でいう夫婦みたいなもので、ヴァンパイアはその人間の血しか飲まないし、人間もそのヴァンパイアにしか血を与えられない」
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