Ray -木漏レ日ノ道へ-

【君ニ出会ウ運命】

咲子がオーナーの意志を引き継いだと朝礼で語った日、社内は一日中騒がしかった。
それでも離職者が一人も出なかったのは、彼女の人望の厚さと店長のフォローのお陰だった。

実際、彼女の業務はこれまでと何も変わらず現場にも普通に入ってくれるが、公表したことによって彼女自身は少し変わったように思う。

肩の荷が下りたのと、より責任感が芽生えたのか、彼女は前よりもよく話すようになったし雰囲気も明るくなった。

現場には以前よりも良い風が吹いている。

「朱里さん、お疲れ様です。来週ご予約の佐々木様、両家顔合わせでのご利用みたいで。朱里さんに担当して欲しいと指名がありました」

「わかりました。常連の佐々木様ですよね。後で予約表確認しておきますね」

「それと、ここからは業務外の話なんですけど……」

「どうしたの?」

「この後もし空いてたら、軽くご飯に行きませんか?」

珍しい咲子からの誘いに私は頷き、急いで帰り支度を済ませる。
深刻な様子ではなさそうに見えるが、彼女は隠し事が上手いから心配だ。

「大丈夫? 急に環境変わって疲れてるでしょ」

「そのセリフ、私が朱里さんに言おうと思ってたところです」

事前に本題を探ろうと、着替えている彼女に声をかけた私に返された思いも寄らない言葉に首を傾げた。

「私は今までと同じように働かせて貰ってるよ?」

「業務外の話だって言ったのに。朱里さんて変なとこ真面目」

困ったように笑う彼女に謝って、彼女の次の言葉を待つことにした。

「……彼と契約しました?」

「え?」

「この間の……ヴァンパイアの彼」

私からは触れないと決めていただけに、彼女のほうからこの話題を出されるとは思いもしなかった。

そして彼女はおそらく諸々の事情に詳しいのだと思う。

「私が実は見えてたってこと、彼から聞いたりしましたよね?」

なんとなく都合が悪くなり、つい目を逸らしてしまった。

「いいんです、もう隠すつもりもないので。少しだけ、私の昔話に付き合って貰えませんか?」

深夜まで営業している駅前通りの定食屋に入り、注文して数分で運ばれてきた料理のボリュームに目を丸くした。
咲子の言っていた「軽くご飯」は、牛丼大盛とミニ中華セット。

私は本当に彼女のことを何も知らなかったのだと改めて思った。

「朱里さんはそれだけ? 血、足りなくなりません?」

彼女に合わせるつもりで先にタッチパネルから豆腐サラダだけを注文してしまったが、少し考えて私も豚丼を追加した。無論、並盛だが。
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