Ray -木漏レ日ノ道へ-
死期を悟った彼女の養母が別れを覚悟させるために伝えたのだろうが、突然の告白に戸惑った彼女と養母は喧嘩になったそうだ。

正確には彼女が一方的に怒りをぶつけてしまったようで、謝ることができないままその日を迎えることとなった。

それだけが唯一の心残りなのだと話す彼女に、私はかける言葉を見つけられずにいた。

「ヴァンパイアって血の匂いを消すために香水を使うんですって」

「うん、彼も同じこと言ってた」

「でも養母は、私がそういうの苦手だから使わないでいてくれました。けど最期の日──スタッフルームに薔薇の匂いが充満してたあの日、きっと養母は報せに来てくれてたんでしょうね」

穏やかに微笑む彼女はなんて強い人なんだろうと思う。

結局この後、居酒屋に場所を移して咲子と遅い時間まで飲んだ。

彼女と養母の思い出話に私はわんわん泣いて、そんな私を彼女のほうが慰めるというおかしな光景になったが、彼女は文句ひとつ言わずにずっと笑っていてくれた。

**

鏡の前に立ち、首に貼っていた絆創膏をゆっくりと剥がしていく。
二つの赤い点はすっかり目立たなくなっていたが、わずかに痒みだけが残った。

指で触れて、あの夜を思い出す。
あれから一ヶ月が経とうとしている今、街はすっかりクリスマスムードに染まっていた。

傷跡を隠せるタートルネックのセーターを選び、繁忙期前の休日を満喫しようと隣街のショッピングモールへとやってきていた。

平日だというのに煌びやかな装飾や大きなツリーの前には人が集まっていて、その大半がカップルだということに居心地の悪さを感じる。

人混みを避けて静かな方へ目的もなく歩いていると、やがて辿り着いたのは紳士服売り場だった。

さすがに場違いだと感じて踵を返そうとした矢先、店内にどこか見覚えのあるスーツ姿の中年男性を見つけた。

バインダーを片手に在庫のチェックか何かをしている真面目な横顔をぼんやり眺めて、誰だったか思い出そうとする。

すると男性はそんな私に気づき、にこりと笑いかけてきた。

「お探し物ですか?」

「あ、ええと、父へのクリスマスプレゼントを……」

咄嗟に嘘をついてしまい、罪悪感。

「お父さん、きっと喜ぶでしょうね。手頃な価格だとネクタイなんてどうです?」

売り場に案内されてみると、シックなものからキャラクターが描かれた可愛らしいものまで、種類の多さに少しだけ楽しくなってくる。

でも父の顔はもう覚えていなくて、頭に浮かぶ身近な男性の顔というと店長──そして、レイくんだった。
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