Ray -木漏レ日ノ道へ-
ワインレッドに小さなコウモリのシルエットが散りばめられたネクタイが目に留まり、彼は元気になっただろうかと考えた。

「遊び心のあるデザインで若い方に人気なんですよ、これ」

私の視線の先にあるネクタイを手に取りながら、男性店員さんは言う。

購入する意思がないことを笑って誤魔化してその場を少し離れようとした時、彼の持つバインダーからハガキくらいの大きさの紙が落ちた。

ひらりと舞って足元に落ちたそれが一瞬だけ目に入る。色褪せた家族写真だった。

「おっと、失礼致しました。……ずいぶん昔に離れてしまったもので」

恥ずかしそうに言いながらそれを拾い上げた男性は、大切そうにその写真をバインダーに戻す。

私はその様子を見届けると、貼り付けた笑顔で彼に頭を下げた。

「あの、ありがとうございました。検討しますね」

浅くなってきた呼吸に気づかれないうちに、足早に売り場を離れなければ。

──見るつもりはなかった。
一瞬だったというのに、どうして気づいてしまったのだろう。

写真の中で微笑む夫婦。
それは私の記憶に残る若い頃の両親。

そして、ランドセルを背負ってすました顔の女の子。すなわち私。
その横に、少年姿のレイくんによく似た男の子が写っていたなんて。

**

屋外の公衆トイレに日が沈むまでこもっていた。
胸の辺りの気持ち悪さがずっととれず、寒さで体力も消耗している。

人の出入りがほとんどないこの場所で倒れたら、誰かに発見して貰えるのはいつになるだろう。

胸を抑えて重い足を動かし、外へ出たところで崩れるように座り込んだ。
身体に力が入らず、涙が出そうになった。

「朱里さん……?」

呼ぶ声に身体が固まる。
ああ、どうして今なのだろう。

本当はあの夜からずっと会いたかったはずなのに、今は会いたくなかった。
その顔を見たくなかった。

どうして少年姿時の彼は、死んだはずの弟と同じ顔をしていたのか。
どうして私は、今までそれを思い出せなかったのか。

何故、どうして。

「朱里さん?!」

私を支えてくれた彼の大きな手は相変わらず冷たくて雪のようだったけれど、初めて見る光の灯った瞳はまるで人間のようだった。

「レイくん……元気に、なったんだね」

彼の前で意識を手放すのは二回目だ。
目が覚めた時、また彼は私の前からいなくなってしまっているだろうか。

願わくは、目覚めた時も私の隣に──
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