Ray -木漏レ日ノ道へ-
気がつくと私は、アパートの自室のベッドにいた。

隣街にいたはずなのに、彼はどうやって私をここまで運んだのかと考えようとしてやめた。

彼はヴァンパイアだ。
何が起きても不思議はない。たとえ亡くなった弟の光琉(ヒカル)と同じ外見をしていても……。

「あ、朱里さん気がついた」

身体を起こした私の顔を大人のレイくんが覗き込んでいる。
普段の私なら身を引きそうなほど近い距離に彼の綺麗な顔があるというのに、動く気にはなれなかった。

「大丈夫? まだ具合悪い?」

私の血を吸ったヴァンパイアが私の身体の心配をしているだなんて、冷静に考えると少し滑稽だ。

私は大きく息を吸って吐き、再び身体を横にした。

「また寝るの?!」

「…………」

「朱里さん……?」

「……駅でよく見かけてたおじさん、子供の頃に出て行った父親だって判明したの」

目が覚めた時、レイくんのことより先に思い出したのがそれだった。

「もう駅構内ショートカットするのやめる。面倒でも遠回りする」

「それはなんていうか、うん……気まずいよね」

彼は返答に困ったように眉を下げている。

「それから」

「うん?」

「……やっぱりなんでもない。ど忘れした」

光琉のことを尋ねようとして口を開いたが、急に怖くなった。
彼に何か意図があって、こうして私の前に現れているのだとしたら……。

知らないほうが幸せなこともあると今さっき思ったばかりで、このタイミングで更に追い討ちをかけられたら私はしばらく立ち直れそうにない。

「レイくん、今日は血は要らないの?」

「逆に、そんなに具合悪そうなのに貰っていいの?」

一度きりの吸血。その約束を守って彼はあれから私の前に現れなかったのだと説明した。

やはり彼は律儀なヴァンパイアだ。
何か企みがあるとは思えなかったし、思いたくもなかった。

「まあ、ヴァンパイアの牙は麻薬みたいなものだから。あの夜のこと、忘れられなかった?」

光の宿った彼の目は熱く官能的で、見つめられたら吸い込まれそうだ。

「全部、何もかも忘れるくらい滅茶苦茶に吸い尽くしていいですよ」

「こら、自暴自棄にならない。君を殺すつもりはないんだから」

ぺち、と額を叩かれる。
そのはずみで「あだっ」と変な声が出て、彼が吹き出した。

「今夜はゆっくりお休み」

「……明日もいてくれますか?」

「いるよ。明日も明後日も、君が許してくれるなら」
< 19 / 28 >

この作品をシェア

pagetop