Ray -木漏レ日ノ道へ-
「五年くらい経つのに格好良かったですね、パパさん。娘さんも大きくなってて」
「あの子、ますます可愛くなってたね。弟くんのほうは顔変わってなかったけど相変わらず美少年」
少しばかり興奮気味に言った私に、咲子が小首を傾げたのがわかった。
何かを思い出そうとしているのか、言いづらいことでもあったのか。
急に言葉を詰まらせた彼女が心配になり、名前を呼んだ。
「あ、すみません。もしかしたら私、別のお客さんの話してたかも」
「噛み合ってなかった?」
「はい。私の頭の中にいる御家族は、パパとママと娘さんの三人なんです」
「あらら。じゃあお互い、完全に違うお客さんのこと思い浮かべてたわけだ」
話が続かなくなったタイミングでちょうど駅に到着し、また明日と私は咲子を見送る。
彼女は小さく手を振って微笑んだ後、改札の先へと消えていった。
──終電のアナウンスが流れる駅構内は疲れた顔をした人たちが行き交っている。
この時間に電車を利用する人というのは、いつもだいたい決まった顔ぶれだ。
何処の誰かもわからないのに目が合うと軽く会釈をしてくる父親世代の男性や、すれ違う時にお帰りなさいと声をかけてくれる女性の駅員さん。
今日も一日が終わったのだと実感する瞬間だった。
ゆっくりとした足取りで構内を抜け駅裏へと出れば、途端に辺りは静かになり暗闇が広がる。
数百メートル歩くと街灯の多い住宅街に辿り着くのだが、そこまでの道のりが今日はなんだか遠く感じた。
六連勤の五日目で、きっと疲れているのだ。
すっかり冷めてしまったココアを鞄にしまい、代わりに取り出したスマホの通知に目を通す。
他に人がいないからと、つい歩きスマホをしてしまったことに数十秒後の私が後悔することになるなんて考えもせず。
──ゴツンと、前頭部に衝撃が走った。
俯いていたから額より少し上の辺り、
前髪の生え際に手をやる。
「いっ……」
電柱にぶつかったのだと理解するのに時間はかからなかった。
完全に自業自得なのだが、無性に自分自身に腹が立った。
前髪で目立たない部分ではあるが、おそらくタンコブができるだろう。
もしかすると少し切れて流血もしているかもしれない。
「アホだ……」
独りごちて、ため息を吐く。
ゆっくりと歩いていたことが不幸中の幸いだったと思うことにする。
ぶつけた部分をハンカチで軽く拭うと案の定、少量の血が付着していた。
「──大丈夫ですか?」
不意に背後から声を掛けられ、大きく肩が跳ねた。
今の今まで人の気配なんて一切感じなかったというのに。
少しばかり高めのハスキーな声の主は女性だろうか。
「あの子、ますます可愛くなってたね。弟くんのほうは顔変わってなかったけど相変わらず美少年」
少しばかり興奮気味に言った私に、咲子が小首を傾げたのがわかった。
何かを思い出そうとしているのか、言いづらいことでもあったのか。
急に言葉を詰まらせた彼女が心配になり、名前を呼んだ。
「あ、すみません。もしかしたら私、別のお客さんの話してたかも」
「噛み合ってなかった?」
「はい。私の頭の中にいる御家族は、パパとママと娘さんの三人なんです」
「あらら。じゃあお互い、完全に違うお客さんのこと思い浮かべてたわけだ」
話が続かなくなったタイミングでちょうど駅に到着し、また明日と私は咲子を見送る。
彼女は小さく手を振って微笑んだ後、改札の先へと消えていった。
──終電のアナウンスが流れる駅構内は疲れた顔をした人たちが行き交っている。
この時間に電車を利用する人というのは、いつもだいたい決まった顔ぶれだ。
何処の誰かもわからないのに目が合うと軽く会釈をしてくる父親世代の男性や、すれ違う時にお帰りなさいと声をかけてくれる女性の駅員さん。
今日も一日が終わったのだと実感する瞬間だった。
ゆっくりとした足取りで構内を抜け駅裏へと出れば、途端に辺りは静かになり暗闇が広がる。
数百メートル歩くと街灯の多い住宅街に辿り着くのだが、そこまでの道のりが今日はなんだか遠く感じた。
六連勤の五日目で、きっと疲れているのだ。
すっかり冷めてしまったココアを鞄にしまい、代わりに取り出したスマホの通知に目を通す。
他に人がいないからと、つい歩きスマホをしてしまったことに数十秒後の私が後悔することになるなんて考えもせず。
──ゴツンと、前頭部に衝撃が走った。
俯いていたから額より少し上の辺り、
前髪の生え際に手をやる。
「いっ……」
電柱にぶつかったのだと理解するのに時間はかからなかった。
完全に自業自得なのだが、無性に自分自身に腹が立った。
前髪で目立たない部分ではあるが、おそらくタンコブができるだろう。
もしかすると少し切れて流血もしているかもしれない。
「アホだ……」
独りごちて、ため息を吐く。
ゆっくりと歩いていたことが不幸中の幸いだったと思うことにする。
ぶつけた部分をハンカチで軽く拭うと案の定、少量の血が付着していた。
「──大丈夫ですか?」
不意に背後から声を掛けられ、大きく肩が跳ねた。
今の今まで人の気配なんて一切感じなかったというのに。
少しばかり高めのハスキーな声の主は女性だろうか。