Ray -木漏レ日ノ道へ-
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ヴァンパイアのレイくんが同居し始めて三日。
まだ気分が沈むことはあるが、身体のほうはだいぶ回復した。

会社で咲子と何気ない会話をしたり、店長のジョークに笑わせられたり、変わらない日常にも救われている。

「──それでね、玄関開けてたの奥さん知らなくてお掃除ロボットが脱走しちゃったんだって」

「それは開けてた店長さんが悪い」

「でしょう? でも店長、謝れなくて家庭内別居始めて三日目らしいよ」

茹でたパスタにレトルトのトマトソースをかけながら、今日の出来事をレイくんに話して聞かせる。

どんな話でも彼は退屈そうな顔をせず、相槌を打ってくれた。私の心が満たされていく。

「食べる?」

「うーん、オレはできれば血のほうが……」

控えめに言ってきた彼に、噛んでいいよとシャツの袖を捲って手首を差し出した。ごくりと彼が喉を鳴らす。

「今じゃなくていいから首がいいんだけど、ダメ?」

「ヴァンパイアって首からじゃないと吸血できないものなの?」

「そういうわけじゃないんだけど。君の首筋が凄く綺麗だから」

真顔で言われ、どきりとする。
私はフォークを置くと、着ていたシャツの第三ボタンまでを外して彼を見た。

「朱里さんまだ食事中でしょ」

「据え膳食わぬはなんとやらって聞いたことない?」

「知ってる、知ってるけどさ。こんな状況は初めて。君ってこんなキャラだっけ?」

言われて考える。
確かに以前より逞しくなった気がするのは、この短期間でリアルを超越した出来事が続いたせいだ。

「そういうレイくんだって最初の頃は情緒不安定だったと思うよ」

「そりゃ、二十年近く空腹だったし……」

「二十年も吸血しなかったの?」

「人間はね。猫ちゃんの血は少し貰ったことあったけど」

横から伸びてきた彼の手がふわりと私を抱き寄せた。
もう恐怖を感じることはなく、むしろ心地良い香りに酔いそうになる。

「この間は左側だったから今回は右にしておく?」

「どっちでも、お好きなほうで」

目を閉じてその時を待っていると突然右耳を甘噛みされて、小さな叫びと共に飛び上がってしまった。

すぐに頭をぽんぽんと撫でられ額にキスをされる。

「可愛い。目閉じて、オレに噛まれるの待ってる朱里さん」

「恥ずかしくなるから言葉にしないでよ」

「オレとしては、やっぱり少しくらい恥ずかしがってくれるほうが嬉しいんだけど」

「っ……」

私の反論を許さないうちに、彼が私の首へと牙を突き立てた。
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