Ray -木漏レ日ノ道へ-
恐る恐る声のした方へ振り向いた私は、その姿を見て愕然とした。

「子供……?」

そこにいたのは女性ではなかった。
なんなら大人でもなく、幼稚園児くらいの背丈の男の子がひとり。

「お姉さん、血が出てるけど大丈夫?」

子供特有のたどたどしい話し方ではなくて、大人が話すようにすらすらとした口調で彼は再び私を気にかけてくれた。

「だ、大丈夫だよ。それより君、近くの家の子? こんな時間に一人で出歩いたらお家の人が心配するでしょ?」

送り届けてあげたい気持ちはあるけれど、時間が時間なだけに、自分が不審者と間違われる可能性だってある。
それなら先に、警察へと連絡するべきか。

「ちょっと待ってね。今、お家に帰れるように──」

言いながら私がスマホを操作しようとした矢先、男の子は突然私の腰にしがみついてきた。

「なっ?!」

「お願い、お姉さん。誰にも連絡しないで」

顔を上げて上目遣いに見てきた男の子の顔が、暗闇にはっきりと浮かび上がってくる。

そこで再び驚愕した私は、いよいよ薄気味悪さを感じ始めた。

「……君、今日お父さんお母さん、お姉ちゃんと、四人でレストランに来てた子だよね?」

「…………」

咲子とつい先ほどまで話題にしていた常連客の息子が目の前にいる。

けれど、ずっと何かが引っかかっている。この違和感の正体は何なのか。

「質問を変えるね? 名前は?」

「……レイ」

「レイくん、歳は何歳?」

立て続けに問う私に対して、子供には似つかわしくない盛大なため息、そして冷めたような目。

冬だというのに嫌な汗がじんわり背中を濡らした。

「お姉さんはもう、気付いてるでしょ?」

「何を……」

「ボクと初めて会ったのはいつ?」

そこまで言われてやっと気付く、違和感の正体──

**

「朱里ちゃん。三番テーブルのお客様、格好良いと思わない?」

「でも奥さんも子供もいるじゃん」

「そういうのじゃなくて、目の保養ってことでしょ」

高校二年の春、ファミレスでアルバイトを始めて二週間が経とうとしていた頃。

休憩時間の重なった先輩スタッフさんたちが談笑している横でスマホを触っていると、唐突に話しかけられた。

正直まだ仕事を覚えたり周りに気を遣うことに精一杯で、お客様の顔なんていちいち記憶していられない。

それでも確かに格好良いと印象に残るくらいには、その席に着く男性には華があった。

休憩が終わってホールに戻ると、三番テーブルのお客様は既にお帰りになっていた。

食器がテーブルの端に重ねられており、紙ナプキンに子供の字でお礼の言葉が綴られているのを私が最初に見付けて、またその家族が話題になった。
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