Ray -木漏レ日ノ道へ-
その男性はスタッフの間で「イケメンパパ」と呼ばれるようになり、月に二度以上は来店してくれる常連客となっていった。

まるで男性アイドルかのような容姿のパパと、その横に派手ではないが清楚で優しそうに微笑むママ。

そしてパパによく似た小学校低学年くらいの娘と、幼稚園児くらいの歳の弟くん。

──美味しそうにお子様ランチを頬張るお姉ちゃんの隣に座っていた弟くんは、いつも何を食べていたっけ。

そういえばスタッフの間で、パパやママ、娘さんの話題になることはあっても、弟くんの話をすることはなかった気がする。

**

「思い出した?」

五年前の記憶の中にいる男の子と何一つ変わらない姿をしたレイくんが、そっと私の手を取った。

私に触れたその手は雪のように冷たかった。

声を出そうとしても、まるで金縛りにあったかのように私の身体は動かない。

「お姉さんはずっと、ボクのこと見えてたんでしょ? ……あれ、もしかして声も出せないくらいボクが怖い? お姉さんと同じ人間の姿なのに」

歳を取らない人間なんていない。
目の前の彼は明らかに私と同じ生き物ではない。

「しょうがないなあ」

彼は面倒くさそうに呟くと私の手を離した。
そして今度は甘えるような声で言う。

「ねえ、目を閉じて?」

何故だか彼のその言葉に逆らえず、私は瞼を閉じた。

何をされるかわからない恐怖だってあったはずなのに、すんなり従ってしまうほど、それは甘美な響きだった。

「いいよ、目を開けて」

──それは数秒の出来事。
聞き慣れない低めの声に緊張しながら目を開ける。

そこに少年の姿はなく、代わりに私を見下ろす大人の男性が立っていた。

端整な目鼻立ちをした私と同年代くらいの彼に、先ほどまでのレイくんの面影はあまり見受けられない。

その顔色は青白く、表情に翳りが見られるのは長めの前髪と目に光が灯っていないせいだろう。

「レイ、くん……?」

やっとの思いで絞り出した声はずいぶん掠れてしまったが、彼の耳には届いたらしい。

「この姿のほうが話しやすいでしょ? ほんとは少年の姿のほうが省エネでいいんだけど」

「あなた、いったい……」

「人間の世界ではヴァンパイアって呼ばれてるらしいね」

「……吸血鬼?」

「確かに人の血が主食だけど鬼じゃないよ。吸血人間ってとこ?」

「人の血を飲んでる時点で人間じゃないと思うんだけど」

彼はくすっと小さく笑うと私の頭に手を置いた。
一瞬だけ見えた牙のような鋭い歯は、やはり人間のものではない。
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