Ray -木漏レ日ノ道へ-

【君ガ望ムナラバ】

私が生きるこの世界に不変なんてなくて、良いことも悪いことも、いつだって音もなく唐突にやって来る──

咲子が会社を休むようになって一週間が過ぎようとしている。
また明日と駅で見送ったあの日を最後に咲子とは会っていない。

店長にはしばらく休ませて欲しいと連絡があったようだが、体調不良ということ以外は何もわからなかった。

電話も繋がらず、メッセージの返信もない。
あのヴァンパイアに何かされたんじゃないかと疑ったりもしたけれど、あれ以来まだ彼は現れていないから確認の仕様もなかった。

「すみません、店長。人手足りてないのに……」

「いいのいいの。大事な日だろ? 気をつけてな」

まだ明るいうちに帰り支度を済ませて会社を後にする。
昼過ぎに早退させて貰い、向かったのは丘の上にある墓地だ。

今日は、生きていれば今年二十歳を迎えるはずだった弟の命日。

「成人おめでとう」

親戚が掃除をしてくれていたのか、久しぶりに訪れたというのに墓石は綺麗な状態だった。

柄杓で水を掛けながら語りかけ、途中のコンビニで購入した缶酎ハイを供える。

「やっぱり初めてのお酒は飲みやすいやつがいいよね」

「──死者が飲酒するの?」

背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、少年姿のレイくんが立っていた。
相変わらず気配がまったく感じられず、危うく腰を抜かすところだった。

「そこにいるわけじゃないのに話しかけたり、食べ物や花を供えたり、人間てそういうところ不思議だよね」

「……たったひとりの弟なの。今のあなたと同じくらいの歳で亡くなっちゃったけど」

やんちゃで好奇心旺盛だった弟は、よくひとりで家を抜け出して遊んでいた。

その日も母が少し目を離した隙に姿を消し、次に対面したのは病院だったという。

警察曰く、ひき逃げ事故だった。今でも犯人は捕まっていない未解決事件。

すぐに病院へ運ばれていたら助かったというが、場所や時間帯が悪く発見が遅れ、失血死だった。

それをきっかけに両親は互いを罵り合い離婚、まだ小学生だった私を引き取った母はその頃から心を病み、今は病院で生活をしている。

「──それより、咲子のこと何か知らない?」

「サキコさん?」

「私の同僚の咲子。この間、君と会った日を境に体調不良で会社に来てないの。連絡も取れない」

「それってボクのこと疑ってる?」

即答した私に彼は渋い顔をしてみせた。

「言ったでしょ? ボクにはお姉さんだけだって。他に何か心当たりは?」
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