この『恋』の言い換えをするならば『瑕疵』(かし)です

「私、シャワーしてくる
お兄ちゃん帰る?
まだ電車あるかな?」



立ち上がろうとしたらフラフラした



「瑛茉、危ないよ」



バランスを崩して
お兄ちゃんが抱えてくれた



ドッドッ…



ん…?



さっきから…

ここに帰って来るまでずっと



ドッ…ドッ…ドッ…



お兄ちゃんに支えられて帰って来て

その間ずっと鳴ってた



久しぶりに聞いた音



ドッ…ドッ…ドッ…



気付かないフリしてた



「瑛茉、もう少し酔いがさめてから
シャワーした方がいいよ」



お兄ちゃんが優しく包んでくれる

心地いいのと裏腹に
私の胸の音が雑音に聞こえる



「お兄ちゃん、久しぶり
元気だった?」



お兄ちゃんの腕の中
照れ隠しで言ってみた



「元気だよ
瑛茉は、大丈夫はなの?」



「なにが?元気だよ」



「今日こんなの見て、なんか心配になった」



そんな心配なら
なんで一緒に住んでくれなかったの?



ドッ…ドッ…ドッ…



立ち上がりたいけど力が入らない



ドッ…ドッ…ドッ…



お兄ちゃんの胸に当てた耳から
全身が熱くなる



「お兄ちゃん、なにが心配?
先輩もみんないい人だし…
学校楽しいよ

ちゃんとご飯も食べてるし…
ちゃんと寝てる
ちゃんと朝も起きてる

バイトも決まりそう」



ドッ…ドッ…ドッ…



「瑛茉、さっきだって…
無闇に誰にでも
アパート教えたりしない方がいいよ」



「誰にでも教えてないよ
送ってくれるって言われれば
教えなきゃ…」



「とにかく、これから気をつけて!」



説教?

気分悪くなる



「はーい…
もぉお酒飲まない
それでいんでしょ」



気分が下がる



「お兄ちゃんもお酒飲んでたの?
誰と?彼女と?」



「友達とたまたま近くで…」



友達とか言って
また女の人でしょ



「ふーん…
私、まだ彼氏できない
せっかく独り暮らししたのにな…」



聞かれてないのに言った



「…」



お兄ちゃんは何も言わなかった

呆れたかな?



お兄ちゃんの腕に力が入った気がした



ドッ…ドッ…ドッ…

ドッ…ドッ…ドッ…



ん?

お兄ちゃんから聞こえてる?



お兄ちゃんの胸につけた
私の耳から聞こえてくる



「お兄ちゃん
好きな人、いる…?」



そんなこと
なんで聞くの?

聞いたって…



ドッ…ドッ…ドッ…



早くなる胸の音



「私、彼氏ができたら
その人にだけこのアパート教えるね
それなら、いいよね…」



お兄ちゃんの許可なんて
取らなくていいのに…



「彼氏できたって
すぐにアパート教えたら…」



また説教?

そんなに心配?



「ダメなの?
いいでしょ!
お兄ちゃんだってアパートに
彼女呼んでたでしょ
あの家庭教師してた子も
アパート知ってたわけだし!
彼女じゃなくても
そーゆーことしてたの?」



あ…

そーゆーことって…?



ダメだ

酔ってる

自分がコントロールできない



お兄ちゃん責めたって仕方ないのに



「もぉ酔いさめたかも…
私、シャワーしてくる!」



「瑛茉…
まだ酔ってるよ」



お兄ちゃんの身体に力が入った



ドッ…ドッ…ドッ…
ドッ…ドッ…ドッ…



逃げれない

逃げたいわけじゃない



お兄ちゃん

ずっと…

ずっと私を離さないでよ



ドッ…ドッ…ドッ…
ドッ…ドッ…ドッ…



「お兄ちゃん
もぉ…大丈夫だから…離して…」



本心とは逆の言葉が出た



だって
お兄ちゃんは

お兄ちゃんだから



私がどんなに好きでも
お兄ちゃんは私の

お兄ちゃんだ



「オレが、離したくない」



え…



ドッ…ドッ…ドッ…
ドッ…ドッ…ドッ…



耳を疑う言葉に
また胸の音が早くなって



何か少し期待してしまう



「お兄ちゃん、お酒強いとか言って
ホントは弱いよね?」



胸の音と淡い期待を消すために
お兄ちゃんを酔ってることにしたかった



「ほら!
いつだったかも
お兄ちゃん洗濯機の前で寝てて…
あ、覚えてないか…」



あの時
お酒の味を知った



ドッ…ドッ…ドッ…



ダメだ
思い出してもっと熱くなる



「覚えてるよ
飲んで記憶なくなったことない」



え…



ドッ…ドッ…ドッ…
ドッ…ドッ…ドッ…



アレはやっぱり…

キスだったよね?



お兄ちゃん

どーゆーこと?



ドッ…ドッ…ドッ…
ドッ…ドッ…ドッ…



熱い



お兄ちゃんの顔に手を伸ばした



お兄ちゃんの頬

お兄ちゃんの耳

お兄ちゃんの首

お兄ちゃんの唇



指先で触れた



お兄ちゃんも熱い?



ドッ…ドッ…ドッ…
ドッ…ドッ…ドッ…



同じ音



ゆっくりお兄ちゃんの目を見た



ドッ…ドッ…ドッ…
ドッ…ドッ…ドッ…



目が合って



「お兄ちゃん…

漸ちゃん…

漸…」



呼んでみたくなった



ドッ…ドッ…ドッ…
ドッ…ドッ…ドッ…



好き…



発したらダメな言葉を
飲み込んだ



私の額

私の耳

私の頬



熱で包まれる



「瑛茉…」



その後の言葉は

やっぱりなくて…



お兄ちゃん



ーーー



どちらからでもなく

触れた唇



唇に熱が留まる

息ができない



好き…



ドッ…ドッ…ドッ…
ドッ…ドッ…ドッ…



好き…



お兄ちゃんが好きなんじゃない

優しくてズルいお兄ちゃんは嫌い



お兄ちゃんじゃないお兄ちゃんが

お兄ちゃんとしてじゃなくて



漸ちゃんが

漸が



好き…



ーーー



私からもう一度触れてみた



重なった唇が微かに震える



私はお兄ちゃんと

どぉなりたいのかな?



お兄ちゃんは?

今、何を考えてる?



お兄ちゃん
怒らないの?

悪い妹を



ーーーーー



お兄ちゃんから
もっと深いキスが堕ちた



< 70 / 149 >

この作品をシェア

pagetop