さよならの春 ぼくと真奈美の恋物語
1. あの日
ゴールデンウィークが過ぎて、仕事にもようやく慣れてきたかって頃だった。
家に帰ってくると「真奈美ちゃんからよ。」って言って母さんが一枚の葉書をぼくにくれた。 「猛だけに読んでほしいんだって。」
「ぼくだけに?」 「そうよ。 ラブレターじゃないの?」
「まさかねえ。」 半信半疑のままでぼくは部屋に入った。
葉書には目隠しシールが貼られていた。 (何だ?)
『猛君 仕事には慣れたかな? 聞いてほしいことが有るから葉書を書いてます。
落ち着いて読んでね。 大事な話だから。
実はね、私はもう猛君と話したり遊んだりすることが出来なくなったの。 もしかすると元気に家に帰ることも出来ないかも。
骨肉腫なんです。 先生にも手遅れだって言われてしまった。
でももう一度だけ猛君に会いたい。 会って話したい。
来てくれるよね?』
「おーい猛! ご飯だぞ!」 ぼくがボーっとしていると、いつの間に帰ってきたのか父さんの声が聞こえた。
「猛さあ、あの子から葉書が来たのよ。」 「あの子?」
「真奈美ちゃんよ 真奈美ちゃん。」 「おー、ラブレターでも貰ったのか?」
「そうだといいわねえ。」 母さんたちは何かを想像しながら話している。
中学生になったばかりの妹、妙子はぼんやりと聞いている。
やっと部屋から出てきたぼくに父さんはニヤニヤしながら聞いてきた。 「何だったんだ? 告白されたのか?」
「違うよ。」 「じゃあ、振られたのか?」
「そんなんじゃないよ。」 「じゃあ何だよ?」
ぼくは言うべきか言わざるべきか迷ってしまった。 「何なんだよ?」
「実はさ、、、真奈美 骨肉腫なんだ。 手遅れだって。」 「あの子がかい?」
母さんは思わず箸を落とした。 「それでお前に何だって?」
「会いたいんだって。」 「そりゃあ、会ってやらなきゃなあ。」
その後、父さんも母さんも黙り込んでしまってまるでお通夜みたいだ。
ぼくも何となく居場所を無くしてしまって落ち着かない。 部屋に戻っても溜息を吐いてばかり。
翌日は水曜日。 ぼくは昼過ぎに家を出た。
「長居はダメだよ。 真奈美ちゃんも疲れちゃうからね。」 「分かってる。 行ってくるよ。」
葉書に書いてある病院名を確認する。 y大学病院癌センターだ。
駅前からセンターへ向かう急行バスが出ている。 店の前を通るから気が引けるんだけどなあ。
平日だからバスはがら空きだ。 ロータリーには客待ちのタクシーすら居ない。
以前は数珠繋ぎになって並んでいたはずなのに、ここいらも寂しくなった。
小学生の頃にはまだまだゲーセンが活気に溢れていた。 100円玉を握りしめた子供たちが集まって賑やかだった。
街角には古い音楽を聞かせてくれるって言う喫茶店が在っておばさんたちで賑わっていた。
ぼくも時々は母さんと一緒に来てたっけな。 ホットケーキが美味かったんだ。
無くなったのはいつだろう? 気付いたら無くなってたんだ。
そして昔からやっているラーメン屋。 確か醤油味だよな。
バスに乗ると真ん中辺りの席に座る。 野良犬が恨めしそうに歩いている。
胸中穏やかではないが、顔に出してもいけないな。 いろんな思いが錯綜しているぼくを乗せてバスは走り始めた。
「猛君 前みたいに寝坊してないよね?」 ぼんやりしているぼくに真奈美が問いかけてくる。
確かに小学生の頃はひどい寝坊助で毎日真奈美に心配ばかりかけていた。
「山下君は困ったねえ。 どうしたらいいのかなあ?」 担任だった佐々木恵子先生も困り顔だった。
「先生、私 隣だから一緒に登校します。」 「吉川さんがそれでいいなら頼もうかな。」
「はい。」
それで真奈美がぼくの家の前でぼくが出てくるのを辛抱強く待ってくれることになったんだ。
「ほらほら、真奈美ちゃんが来てくれてるのよ。 いい加減に起きなさい!」 「あと少し。」
「ダメ! いい加減に起きなさい!」 母さんは真奈美に一礼するとまたぼくを叩き起こすのだった。
やっとぼくが出てくると真奈美はさっさと歩き始める。 「早く来ないと置いていっちゃうからねえ!」
「待ってよー!」 こうしていつもぼくは真奈美を追い掛けているのである。
そんな真奈美が病気だとは、、、。
雑貨店 トーマスで働き始めて一か月ほど、、、。
なのに店長の吉川さんには迷惑を掛けっぱなし。
「二階から荷物を下ろしてくれる?」 「分かりました。」
そう言って下ろしてきたまではいいけれど、、、。 「あのさあ、これは違うよ。」
「え?」 「店員に聞かなかったの?」
「階段の傍に置いてあるからこれかと思って、、、。」 吉川さんは舌打ちをしながらぼくが抱えてきた荷物を事務所の隅に追いやった。
「店員に聞いたら「これだ。」って教えてくれるからそれを持ってきて。」 「すいません。」
ぼくはまた階段を上がっていく。 何度目なんだろう?
「山下さんっていっつもボーっとしてるから間違えるんですよ。」 同期の内山涼子さんも苦笑している。
「気を付けてるんだけどなあ、、、。」 ぼくは澄まない気持ちで荷物を抱えた。
仕事を終わって店を出るのは午後8時ごろ。 もうラッシュアワーも完全に終わってしまって、街は夜の顔になっている。
駅前通りの一番奥のバス停から我が家へ向かうバスが出ている。
「北島町軽油長谷川グリーンパーク行きです。 ご乗車の方はどうぞ。」
ドアが開くと吸い込まれるようにぼくは一番後ろの座席を目指した。 走り出したバスはやがて歓楽街を貫けていく。
飲み屋の看板に明かりが灯っている。 出来上がっているらしいおじさんが喧嘩している。
スター気取りの若い男がギターを抱えて女の子たちに囲まれている。
かと思えば暗がりで立ちんぼをしているお姉さんたちが居る。
通りは時々急ぎの車が飛ばしているくらいで静かなもんだ。
猛スピードで突っ走っていくバイクを猛スピードで白バイが追い掛けていくのも見える。
真奈美はどうしているだろう? 一人で不安じゃないかな? そんなことを考えながら、ぼくはつい寝てしまった。
どのくらい経ったのだろう? 目を覚ますと田んぼの中にバス停が建っているのが見えてきた。
(しまった。 寝過ごしたよ。)
「間もなく吉田橋。 お降りの方はお知らせください。」
焦ってしまったぼくはボタンを押さずに降車口へ急いだ。
「すいません! 降ります!」 運転手は(しょうがないな。)という顔でドアを開けてくれた。
「今日は疲れていたからしょうがないんだ。」 自分に言い訳をしながら田んぼ道を歩いていく。
それにしてもさ、30分も乗り越すなんてどうしたんだろう?
真奈美と会うことが無くなってどこかに無力感すら感じていた頃のことだ。
電話しても出ない。 家に行っても居ない。
どうなってるんだ? そんな時にあの葉書が届いたんだ。
ぼくはすっかり力が抜けてしまった。 もう一度会って真奈美の笑顔を見たい。
そう思っている。 そして、なんとか気持ちを伝えたいんだ。
叶わなくてもいいから。 だからさ、真奈美 元気で居てくれよ。
田んぼは田植えが終わった所で鮮やかに見えている。
それにしても夜道は暗いなあ。 街灯も少なくて、、
たまにバイクが通り過ぎるだけであまりにも静かである。、。 風が静かに噴いている。
行き交う人も居ない。 寂しい夜道を家に向かってぼくは歩いている。
家に帰ってくると「真奈美ちゃんからよ。」って言って母さんが一枚の葉書をぼくにくれた。 「猛だけに読んでほしいんだって。」
「ぼくだけに?」 「そうよ。 ラブレターじゃないの?」
「まさかねえ。」 半信半疑のままでぼくは部屋に入った。
葉書には目隠しシールが貼られていた。 (何だ?)
『猛君 仕事には慣れたかな? 聞いてほしいことが有るから葉書を書いてます。
落ち着いて読んでね。 大事な話だから。
実はね、私はもう猛君と話したり遊んだりすることが出来なくなったの。 もしかすると元気に家に帰ることも出来ないかも。
骨肉腫なんです。 先生にも手遅れだって言われてしまった。
でももう一度だけ猛君に会いたい。 会って話したい。
来てくれるよね?』
「おーい猛! ご飯だぞ!」 ぼくがボーっとしていると、いつの間に帰ってきたのか父さんの声が聞こえた。
「猛さあ、あの子から葉書が来たのよ。」 「あの子?」
「真奈美ちゃんよ 真奈美ちゃん。」 「おー、ラブレターでも貰ったのか?」
「そうだといいわねえ。」 母さんたちは何かを想像しながら話している。
中学生になったばかりの妹、妙子はぼんやりと聞いている。
やっと部屋から出てきたぼくに父さんはニヤニヤしながら聞いてきた。 「何だったんだ? 告白されたのか?」
「違うよ。」 「じゃあ、振られたのか?」
「そんなんじゃないよ。」 「じゃあ何だよ?」
ぼくは言うべきか言わざるべきか迷ってしまった。 「何なんだよ?」
「実はさ、、、真奈美 骨肉腫なんだ。 手遅れだって。」 「あの子がかい?」
母さんは思わず箸を落とした。 「それでお前に何だって?」
「会いたいんだって。」 「そりゃあ、会ってやらなきゃなあ。」
その後、父さんも母さんも黙り込んでしまってまるでお通夜みたいだ。
ぼくも何となく居場所を無くしてしまって落ち着かない。 部屋に戻っても溜息を吐いてばかり。
翌日は水曜日。 ぼくは昼過ぎに家を出た。
「長居はダメだよ。 真奈美ちゃんも疲れちゃうからね。」 「分かってる。 行ってくるよ。」
葉書に書いてある病院名を確認する。 y大学病院癌センターだ。
駅前からセンターへ向かう急行バスが出ている。 店の前を通るから気が引けるんだけどなあ。
平日だからバスはがら空きだ。 ロータリーには客待ちのタクシーすら居ない。
以前は数珠繋ぎになって並んでいたはずなのに、ここいらも寂しくなった。
小学生の頃にはまだまだゲーセンが活気に溢れていた。 100円玉を握りしめた子供たちが集まって賑やかだった。
街角には古い音楽を聞かせてくれるって言う喫茶店が在っておばさんたちで賑わっていた。
ぼくも時々は母さんと一緒に来てたっけな。 ホットケーキが美味かったんだ。
無くなったのはいつだろう? 気付いたら無くなってたんだ。
そして昔からやっているラーメン屋。 確か醤油味だよな。
バスに乗ると真ん中辺りの席に座る。 野良犬が恨めしそうに歩いている。
胸中穏やかではないが、顔に出してもいけないな。 いろんな思いが錯綜しているぼくを乗せてバスは走り始めた。
「猛君 前みたいに寝坊してないよね?」 ぼんやりしているぼくに真奈美が問いかけてくる。
確かに小学生の頃はひどい寝坊助で毎日真奈美に心配ばかりかけていた。
「山下君は困ったねえ。 どうしたらいいのかなあ?」 担任だった佐々木恵子先生も困り顔だった。
「先生、私 隣だから一緒に登校します。」 「吉川さんがそれでいいなら頼もうかな。」
「はい。」
それで真奈美がぼくの家の前でぼくが出てくるのを辛抱強く待ってくれることになったんだ。
「ほらほら、真奈美ちゃんが来てくれてるのよ。 いい加減に起きなさい!」 「あと少し。」
「ダメ! いい加減に起きなさい!」 母さんは真奈美に一礼するとまたぼくを叩き起こすのだった。
やっとぼくが出てくると真奈美はさっさと歩き始める。 「早く来ないと置いていっちゃうからねえ!」
「待ってよー!」 こうしていつもぼくは真奈美を追い掛けているのである。
そんな真奈美が病気だとは、、、。
雑貨店 トーマスで働き始めて一か月ほど、、、。
なのに店長の吉川さんには迷惑を掛けっぱなし。
「二階から荷物を下ろしてくれる?」 「分かりました。」
そう言って下ろしてきたまではいいけれど、、、。 「あのさあ、これは違うよ。」
「え?」 「店員に聞かなかったの?」
「階段の傍に置いてあるからこれかと思って、、、。」 吉川さんは舌打ちをしながらぼくが抱えてきた荷物を事務所の隅に追いやった。
「店員に聞いたら「これだ。」って教えてくれるからそれを持ってきて。」 「すいません。」
ぼくはまた階段を上がっていく。 何度目なんだろう?
「山下さんっていっつもボーっとしてるから間違えるんですよ。」 同期の内山涼子さんも苦笑している。
「気を付けてるんだけどなあ、、、。」 ぼくは澄まない気持ちで荷物を抱えた。
仕事を終わって店を出るのは午後8時ごろ。 もうラッシュアワーも完全に終わってしまって、街は夜の顔になっている。
駅前通りの一番奥のバス停から我が家へ向かうバスが出ている。
「北島町軽油長谷川グリーンパーク行きです。 ご乗車の方はどうぞ。」
ドアが開くと吸い込まれるようにぼくは一番後ろの座席を目指した。 走り出したバスはやがて歓楽街を貫けていく。
飲み屋の看板に明かりが灯っている。 出来上がっているらしいおじさんが喧嘩している。
スター気取りの若い男がギターを抱えて女の子たちに囲まれている。
かと思えば暗がりで立ちんぼをしているお姉さんたちが居る。
通りは時々急ぎの車が飛ばしているくらいで静かなもんだ。
猛スピードで突っ走っていくバイクを猛スピードで白バイが追い掛けていくのも見える。
真奈美はどうしているだろう? 一人で不安じゃないかな? そんなことを考えながら、ぼくはつい寝てしまった。
どのくらい経ったのだろう? 目を覚ますと田んぼの中にバス停が建っているのが見えてきた。
(しまった。 寝過ごしたよ。)
「間もなく吉田橋。 お降りの方はお知らせください。」
焦ってしまったぼくはボタンを押さずに降車口へ急いだ。
「すいません! 降ります!」 運転手は(しょうがないな。)という顔でドアを開けてくれた。
「今日は疲れていたからしょうがないんだ。」 自分に言い訳をしながら田んぼ道を歩いていく。
それにしてもさ、30分も乗り越すなんてどうしたんだろう?
真奈美と会うことが無くなってどこかに無力感すら感じていた頃のことだ。
電話しても出ない。 家に行っても居ない。
どうなってるんだ? そんな時にあの葉書が届いたんだ。
ぼくはすっかり力が抜けてしまった。 もう一度会って真奈美の笑顔を見たい。
そう思っている。 そして、なんとか気持ちを伝えたいんだ。
叶わなくてもいいから。 だからさ、真奈美 元気で居てくれよ。
田んぼは田植えが終わった所で鮮やかに見えている。
それにしても夜道は暗いなあ。 街灯も少なくて、、
たまにバイクが通り過ぎるだけであまりにも静かである。、。 風が静かに噴いている。
行き交う人も居ない。 寂しい夜道を家に向かってぼくは歩いている。