さよならの春 ぼくと真奈美の恋物語
3. 真奈美
あの日、ぼくはバスに乗っていた。 y大学病院に向かうバスに。
歓楽街を通り抜け、峠道を走る。 そしてバイパスを通って一時間。
やがてy大学病院の堂々たる門が見えてくる。 さらにバスは走る。
バスは何処までも走る。 ぼくはあの日の葉書を見ながら行先を確認している。
もうすぐだ。 もうすぐ真奈美に会えるんだ。
ぼくはドキドキしていた。 なぜだろう?
ぼくには分らないが、ただただドキドキしている。 病院だからなのか、、、それとも?
そんなことはどうでもいい。 会えればいいんだ。
真奈美と話せればそれだけでいい。
見舞客やら看護師やらでごった返している一階ロビーを貫けてやっとエレベーターホールにまでやってきた。
でも、どれに乗ればいいのか分からない。 「どちらに行かれるんですか?」
通り掛かった看護士が見かねたように聞いてくれた。
ぼくは焦っていたが、葉書を彼女に見せると、、、。
「ああ、これね。 じゃあ病棟を確認してきますね。」 その間もぼくは落ち着かなくてソワソワしている。
(真奈美は話せるかな? 話せなかったらどうしようか?)
「すいませんねえ。 吉川真奈美さんは12階のa3病棟、263号室です。 だからこれが一番近いですよ。 降りたら目の前がナースステーションですから。」 「ありがとうございます。」
ぼくはやっとの思いでお礼を言うとエレベーターに飛び乗った。
やがてエレベーターの扉が開いた。 確かにナースステーションである。
「あの、、、この人の見舞いに来たんですけど、、、。」 応対してくれた看護士が状況を確認する。
「大丈夫ですよ。 短時間ならお話も出来ますよ。」 病室へ入ってみる。
真奈美はぼんやりした顔で窓の外を見ていた。 「吉川さん、山下さんが来てくれましたよ。」
その声に驚いた真奈美はやっと体を起こしてぼくを見た。
「猛君、来てくれたの?」 「やっと来れたよ。」
「お仕事は大丈夫なの?」 「今日は休みだから来たんだ。」
「そっか。」 「ここ、遠いね。」
「私のために来てくれたの?」 「そうだよ。」
「嬉しいなあ。」 でも無理しないでね。」 「分かってるよ。」
窓枠には朝顔の弦が絡み着いている。 「朝顔、見れるかな?」
「大丈夫だよ。 見れるよ。」 「そうよね。 猛君が応援してくれてるんだもん。 見れるよね。」
真奈美は力無く笑ってみせた。
15分ほど話しているとさっきの看護師が扉を開けた。 「そろそろ休みましょうねえ。」
「じゃあ帰るよ。 また来るからね。」 「うん。 待ってるね。」
ぼくは離れたくない気持ちを抑えながら病室を出た。 エレベーターを下りていく。
胸につかえていた何かがスッと抜けた気がした。
センターを出て向かいのバス停へ、、、。 見まいに来たらしい女の子が泣いていた。
西日が山の向こうを照らしている。 明日は晴れるかな?
少しずつ見舞客が増えてきて、バス停はいっぱいになった。
そこへ帰りのバスが走ってきた。
(真奈美、元気で居るんだよ。 また来るからね。) この祈りが真奈美に届けばいいのに、、、。
「猛君、お客さんを大事にしてね。 私は大丈夫だから。」 ウトウトしているぼくの耳元に真奈美の声が聞こえた気がした。
それから一か月後、、、。 「猛、真奈美ちゃんのお母さんから電話よ。」
「お母さんから?」 すっかり日が暮れて夕食を食べている時だった。
「あ、猛君? 実はね、、、。」 お母さんの悲痛な声にぼくは何かを感じた。
「真奈美ね、もうダメかもしれないの。」 ぼくは一瞬凍り付いた。
「思ったより進行が急で抗癌剤も効かないのよ。 それに手術も無理だって言われてしまって、、、。」 頭の中が空っぽになってしまった。
「あれだけ元気だった真奈美が、、、。」 その声に母さんも洗い物の手を止めた。
次の日、ぼくは店を休んでまたセンターへ。 でも病室には面会謝絶の札が下がっていた。
ぼくが扉の前で立ち尽くしていると、以前部屋を教えてくれた看護士が駆け寄ってきた。
「見まいに来てくれたのね?」 「そうです。」
「主治医に入れるかどうか聞いてくるから待っててね。」 廊下をストレッチャーが通り過ぎていく。
看護師や見舞客が顔を伏せて歩いていく。 ぼくはただ病室を見詰めていた。
中に居る真奈美が呼んでいるような気がして、、、。
「10分ならいいそうです。 さあ入りましょう。」 看護師が扉を開けてくれた。
「猛君、、、。」 泣き腫らしたお母さんがぼくを迎えてくれた。
真奈美はただ滾々と眠り続けている。 「緩和ケアをやってるんです。」
ただただ蝋人形のように眠っている真奈美にいつもの笑顔は無かった。 (眠らされているのか、、、。)
ぼくは怖いと思った。 「手を握ってやって。」
そう言って差し出された真奈美の手は痩せ細っていてとても小さく感じた。
バドミントンで張り切っていた真奈美、アイスを食べながらはしゃいでいた真奈美、川で転んでずぶ濡れになった真奈美、、、。
いろんな真奈美が心の中を駆け抜けていく。
ぼくが手を握っていると、一度だけ真奈美が握り返したような気がした。 そして呼吸が荒くなり、やがて静かになった。
主治医が呼ばれ、最後の検診が行われて臨終が告げられたのはこの時だった。
翌日、ぼくは仕事のために真奈美には会えなかった。 「ぜひ、葬儀には来てくださいね。」
お母さんにはそう念を押されていた。 たまたま水曜日だったから、ぼくは朝から真奈美の傍に居ることが出来た。
棺に入れられた真奈美を見ながら、ぼくも珍しく生きるってことに付いて考えられた気がする。
死に化粧を施されて棺に納められた真奈美を見ていると、、、。
「猛君、これから一人で大丈夫かな? 心配だよ。」 真奈美がぼくを見詰めているような気がした。
今、真奈美は何処に居るんだろう? ぼくの姿は見えてるのかな?
足は痛くないかい? ちゃんと歩けるかい?
午前中の葬儀も終わったからか、棺は運び出されていった。
火葬場に着いた棺は台に載せられて親族の人たちが最後のお別れをしている。
「猛君もどうぞ。」 お父さんがぼくにも勧めてくれたから一度だけ真奈美の顔を見た。
「猛君、これでお別れね。 また会おうね。」 真奈美はなぜか笑っているように見えた。
「お別れはお済になりましたか? 入れてもよろしいですか?」 職員が静かに問いながら重たい扉を開けた。
棺が火葬炉の中へ入れられていく。 ぼくはその瞬間を見たくなくて顔を背けた。
ガタンと扉の閉まる音が聞こえて「火葬を始めます。」という職員の声が聞こえた。
ぼくは親族と共に外へ出た。 暑くも寒くも無い梅雨の中休みである。
空はどんよりと曇っているが、雨が降りそうな気配は無い。 カラスが何処かへ飛んで行った。
遠く近く列車の走る音が聞こえている。 炉の煙突から煙が登り始めた。
(真奈美、朝顔 見れなかったな。) 窓際で見た朝顔をぼくは思い出した。
「猛君が応援してくれてるんだもん。 見れるよね。」 真奈美は朝顔を楽しみにしていた。
歓楽街を通り抜け、峠道を走る。 そしてバイパスを通って一時間。
やがてy大学病院の堂々たる門が見えてくる。 さらにバスは走る。
バスは何処までも走る。 ぼくはあの日の葉書を見ながら行先を確認している。
もうすぐだ。 もうすぐ真奈美に会えるんだ。
ぼくはドキドキしていた。 なぜだろう?
ぼくには分らないが、ただただドキドキしている。 病院だからなのか、、、それとも?
そんなことはどうでもいい。 会えればいいんだ。
真奈美と話せればそれだけでいい。
見舞客やら看護師やらでごった返している一階ロビーを貫けてやっとエレベーターホールにまでやってきた。
でも、どれに乗ればいいのか分からない。 「どちらに行かれるんですか?」
通り掛かった看護士が見かねたように聞いてくれた。
ぼくは焦っていたが、葉書を彼女に見せると、、、。
「ああ、これね。 じゃあ病棟を確認してきますね。」 その間もぼくは落ち着かなくてソワソワしている。
(真奈美は話せるかな? 話せなかったらどうしようか?)
「すいませんねえ。 吉川真奈美さんは12階のa3病棟、263号室です。 だからこれが一番近いですよ。 降りたら目の前がナースステーションですから。」 「ありがとうございます。」
ぼくはやっとの思いでお礼を言うとエレベーターに飛び乗った。
やがてエレベーターの扉が開いた。 確かにナースステーションである。
「あの、、、この人の見舞いに来たんですけど、、、。」 応対してくれた看護士が状況を確認する。
「大丈夫ですよ。 短時間ならお話も出来ますよ。」 病室へ入ってみる。
真奈美はぼんやりした顔で窓の外を見ていた。 「吉川さん、山下さんが来てくれましたよ。」
その声に驚いた真奈美はやっと体を起こしてぼくを見た。
「猛君、来てくれたの?」 「やっと来れたよ。」
「お仕事は大丈夫なの?」 「今日は休みだから来たんだ。」
「そっか。」 「ここ、遠いね。」
「私のために来てくれたの?」 「そうだよ。」
「嬉しいなあ。」 でも無理しないでね。」 「分かってるよ。」
窓枠には朝顔の弦が絡み着いている。 「朝顔、見れるかな?」
「大丈夫だよ。 見れるよ。」 「そうよね。 猛君が応援してくれてるんだもん。 見れるよね。」
真奈美は力無く笑ってみせた。
15分ほど話しているとさっきの看護師が扉を開けた。 「そろそろ休みましょうねえ。」
「じゃあ帰るよ。 また来るからね。」 「うん。 待ってるね。」
ぼくは離れたくない気持ちを抑えながら病室を出た。 エレベーターを下りていく。
胸につかえていた何かがスッと抜けた気がした。
センターを出て向かいのバス停へ、、、。 見まいに来たらしい女の子が泣いていた。
西日が山の向こうを照らしている。 明日は晴れるかな?
少しずつ見舞客が増えてきて、バス停はいっぱいになった。
そこへ帰りのバスが走ってきた。
(真奈美、元気で居るんだよ。 また来るからね。) この祈りが真奈美に届けばいいのに、、、。
「猛君、お客さんを大事にしてね。 私は大丈夫だから。」 ウトウトしているぼくの耳元に真奈美の声が聞こえた気がした。
それから一か月後、、、。 「猛、真奈美ちゃんのお母さんから電話よ。」
「お母さんから?」 すっかり日が暮れて夕食を食べている時だった。
「あ、猛君? 実はね、、、。」 お母さんの悲痛な声にぼくは何かを感じた。
「真奈美ね、もうダメかもしれないの。」 ぼくは一瞬凍り付いた。
「思ったより進行が急で抗癌剤も効かないのよ。 それに手術も無理だって言われてしまって、、、。」 頭の中が空っぽになってしまった。
「あれだけ元気だった真奈美が、、、。」 その声に母さんも洗い物の手を止めた。
次の日、ぼくは店を休んでまたセンターへ。 でも病室には面会謝絶の札が下がっていた。
ぼくが扉の前で立ち尽くしていると、以前部屋を教えてくれた看護士が駆け寄ってきた。
「見まいに来てくれたのね?」 「そうです。」
「主治医に入れるかどうか聞いてくるから待っててね。」 廊下をストレッチャーが通り過ぎていく。
看護師や見舞客が顔を伏せて歩いていく。 ぼくはただ病室を見詰めていた。
中に居る真奈美が呼んでいるような気がして、、、。
「10分ならいいそうです。 さあ入りましょう。」 看護師が扉を開けてくれた。
「猛君、、、。」 泣き腫らしたお母さんがぼくを迎えてくれた。
真奈美はただ滾々と眠り続けている。 「緩和ケアをやってるんです。」
ただただ蝋人形のように眠っている真奈美にいつもの笑顔は無かった。 (眠らされているのか、、、。)
ぼくは怖いと思った。 「手を握ってやって。」
そう言って差し出された真奈美の手は痩せ細っていてとても小さく感じた。
バドミントンで張り切っていた真奈美、アイスを食べながらはしゃいでいた真奈美、川で転んでずぶ濡れになった真奈美、、、。
いろんな真奈美が心の中を駆け抜けていく。
ぼくが手を握っていると、一度だけ真奈美が握り返したような気がした。 そして呼吸が荒くなり、やがて静かになった。
主治医が呼ばれ、最後の検診が行われて臨終が告げられたのはこの時だった。
翌日、ぼくは仕事のために真奈美には会えなかった。 「ぜひ、葬儀には来てくださいね。」
お母さんにはそう念を押されていた。 たまたま水曜日だったから、ぼくは朝から真奈美の傍に居ることが出来た。
棺に入れられた真奈美を見ながら、ぼくも珍しく生きるってことに付いて考えられた気がする。
死に化粧を施されて棺に納められた真奈美を見ていると、、、。
「猛君、これから一人で大丈夫かな? 心配だよ。」 真奈美がぼくを見詰めているような気がした。
今、真奈美は何処に居るんだろう? ぼくの姿は見えてるのかな?
足は痛くないかい? ちゃんと歩けるかい?
午前中の葬儀も終わったからか、棺は運び出されていった。
火葬場に着いた棺は台に載せられて親族の人たちが最後のお別れをしている。
「猛君もどうぞ。」 お父さんがぼくにも勧めてくれたから一度だけ真奈美の顔を見た。
「猛君、これでお別れね。 また会おうね。」 真奈美はなぜか笑っているように見えた。
「お別れはお済になりましたか? 入れてもよろしいですか?」 職員が静かに問いながら重たい扉を開けた。
棺が火葬炉の中へ入れられていく。 ぼくはその瞬間を見たくなくて顔を背けた。
ガタンと扉の閉まる音が聞こえて「火葬を始めます。」という職員の声が聞こえた。
ぼくは親族と共に外へ出た。 暑くも寒くも無い梅雨の中休みである。
空はどんよりと曇っているが、雨が降りそうな気配は無い。 カラスが何処かへ飛んで行った。
遠く近く列車の走る音が聞こえている。 炉の煙突から煙が登り始めた。
(真奈美、朝顔 見れなかったな。) 窓際で見た朝顔をぼくは思い出した。
「猛君が応援してくれてるんだもん。 見れるよね。」 真奈美は朝顔を楽しみにしていた。