あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-

 1週間前の話とは言え、とっくに吹っ切れているのかあっはっはっと豪快に笑って、摩央は半分ほど残っていたグラスの中身を飲み干した。

「……はぁ。で、今はこの間のオフ会に来てた、タメの子と付き合ってる」
「私も行った奴?」
「そうそう、私の隣に座ってた子。覚えてる?」
「……覚えてない」
「そういうとは思った。ちょっと影薄いところが私の好み」
「彼氏のこと、影薄いって言っちゃうのね」
「ヒョロガリだし、存在感はやっぱり薄めよ?」
「……今度は別れる前に紹介してね?」
「もちろん。――で。次は千景の番じゃない?」
「私?」
「そうでしょう! 新しいバイト先で、良い人見つかったとかそんな話じゃないのー?」
「……彼氏は出来てないよ?」
「……その言い方、さては好きな人か気になる人は出来たね?」

 摩央がニヤニヤしている気がする。これは、完全に面白がっている時の表情だ。
 もちろん誰かに話して楽になりたい気持ちと、恋バナをして盛り上がりたい気持ちはある。きっと、摩央は私の思う通りの反応をして、言葉を紡いでいってくれるだろう。

「……出来ましたね」
「まーじか! おめでとう!」
「あ、ありがとう……?」
「前の彼氏と別れてから、浮いた話無かったんだもん! 千景の恋愛話が聞けると思うと……ふふふ……」
「べ、別に、そんなに面白い話はないと思うんだけど……」
「良いの良いの。でどんな子なの?」
「ええっと……次の料理と、新しくドリンク頼んで届いてからにしない?」
「おっ、めっちゃ濃い話の予感!」
「いや、そうでもないんだけど……。手持ち無沙汰になるのが嫌なのと、途中で人入ってくると、どこまで話したか忘れそう」
「千景っぽい。頼もうか、ドリンク」
「うん」

(やっぱり摩央、『めちゃめちゃ興味あります』って顔してるなぁ)

 焦らすつもりはないが、話すのにつまみが欲しい。話す以外にも意識を分散させないと、話している途中で恥ずかしくなってしまう。

(……だって、久々に『めちゃ好き!』って片思いになりそうなんだもん……)

 しばらくして料理とドリンクが届く。小皿に分けながら、摩央がこちらに喋りかけてきた。

「ほらほら、料理もドリンクも来たよ? それで、バイト先の話!」
「……はぁい」
「なんのバイト始めたんだっけ?」
「今はカフェでバイトしてるよ。フードも充実してるから、結構遅くまで開いてる」
「そうなんだ。……今度行っても良い?」
「良いよ、一緒に行く?」
「やった! その千景の好きな子に会ってみたい」
「ちょっとまだ何も言ってないんですけど」
「まぁまぁ。で、で?」

 喋る以外は私に任せろ。だから喋りなさい。――と言わんばかりに、摩央は全ての料理をお皿に盛り付け私に渡してくれた。

「んー……。結構シフト一緒になってて。年は1個下だから2年かな。大学生。帰り一緒の時はいつも送ってくれる」
「えっ優しい」
「入ってから連絡先知らなかったけど、今日連絡先を交換しました」
「マジで? タイムリーじゃん! もう送ったの?」
「ううん、まだ」
「用件無いなら、気軽に送らないで欲しいタイプ?」
「全然だと思う。毎日でも送ってくれて良いよって言ってた」
「ちょっ、送りなよ! 『連絡先ありがとう! よろしくねー!』って!」
「えっ、でも、まだバイト中のはず……あ」
「どうしたの?」
「今思い出したんだけど、えっと、その子、航河君って言うんだけどね」
「うん」
「今日私が友達に会うって言ったら、『俺も会ってみたい!』って言ってた」
「彼氏か!」
「ちょっと変わってる……のかな? でも、摩央も会ってみたいって言ってたし、友達今度お店に連れてくね、はメールの内容として良いのかも」
「ピッタリじゃん! それ送ってみなよ!」

 目を輝かせた摩央が言う。今までこんな話し方というか、会話をする男友達はいなかったから、不思議な感じだ。

「それは送ってみるけど……。あ、えーっとね。うちはの倍より上? の男の社員さんがいて。その人が結構グイグイくるの。興味あるのか知らないけど」
「千景に? 倍以上だと、40超えてない?」
「正確な年齢は聞いてないけど、多分……?」
「親子ほど離れてるじゃん、それ。えっ、千景に気のある素振り見せるの?」
「女の人にはそんな感じみたいなんだけど……。私が入ったばっかりだから、新しい子って珍しいのかも?」
「分かんないけど!気をつけなよ……?」
「うん。実は、その辺も航河君がいなしてくれてて」
「いや、やっぱ彼氏か?」
「女の子に優しいのか、それともその社員さんの行動が目に余るのか……。女の子いるとこんな感じみたい」
「へぇ……ちょっと困った人だね」
「あと、その社員さんに最初声かけられた時、『若くて可愛い子が好きだから』って言ってた」
「しれっと可愛いって言ってんじゃん!?」
「凄いよね」
「……それ、嬉しかったんだ?」
「まぁ、その。……はい」
「はぁぁぁー! 青春! 良いねぇ」

 何故か摩央が嬉しそうに笑う。バシバシテーブルを叩いていて、少し手が痛そうだ。

「このまま付き合えそうなの? その辺どんな感じ? 仲良しポイント足りない?」
「んー……その辺は、ちょっとなぁ……」

 私は言葉を濁した。

「少なくとも、悪くない反応だよね?」
「……なんだけど、余裕からかも……」
「余裕? なんの?」
「えっと、うーん。航河君、彼女いるんだよね」
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