あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-

 私のその言葉に、摩央は一瞬止まって目をぱちくりさせると、凄い勢いで話し始めた。

「は? あ、え? それなのに毎日メールして良いの?」
「う、うん」
「えっ、何? とういうこと? 何で? え、何、何なの?」
「わ、分かんない……」
「彼女は? うん? 彼女はどうしたの?」
「いや、えっと、分かんない」
「その彼女は実在しているの?」
「し、してる、と思う……」
「別れそうなの? それならまぁ分からなくはない……」
「そんな雰囲気は全然無い。けど、結構お互い自由にしてるらしくて、異性と2人きりで出掛けるとか気にしないんだって。誰とどこに行くみたいなの言ったら、それでオッケー的な」
「はー、なるほど。その辺は私も気にならないタイプだからそっか。そっちね」

(最初の食いつきが嘘みたいに納得してるな……?)

 そうだ。摩央も気にしないタイプだった。彼氏が誰とどこに行こうが、あっけらかんとしている。流石に彼氏が女の子を部屋に連れ込み鉢合わせした時は、修羅場になったらしいが。相手の女の子に、『何? 浮気してるの?』って言われたと言っていたっけ。

(それは怒ったって言ってたなぁ。結局、相手の子が浮気だったけど、あの時は珍しい摩央を見た気がする)

「その関係性は私は分かるわ。でも、まぁ、千景からしたら、毎日メールは気になるよね」
「気になる。彼女さん怒らないかなって」
「だよねぇ」
「一緒にバイトしてる他の女の子も、2人で出掛けたり連絡は取ってるみたいなんだけど。そこは『そうなんだ』で終わるんだけどさ。……いざ、自分がして良いよ……って言われると、本当に良いのかなぁ……ってなっちゃうんだよね」
「それも分かる。難しいなぁ。気にしなくて良いって相手が言うなら、気にしなくて良いとは思うけど」
「そうなんだけどさ……」
「アレでしょ? 千景が航河君に恋愛感情持ってるから、好きなのに良いのかなってのがあるんでしょ? 彼女からしたら、恋敵になるわけだもん」
「嬉しい気持ちもあるし、本当に良いのか怖い気持ちもあるし、難しい……」
「仲良くなりたいし、航河君が良いなら遊びに行きたいしメールもしたい。けど、彼女は気になる。しかしチャンスじゃん、みたいな」

 たったこれだけ話しただけで、摩央は痛いところを突いてくる。

(言われてみればそうなのよね……)

 チャンスと言えばチャンスなのかもしれない。仲良くなるタイミングと時間を、好きな人が提示してくれているのだ。……その人の、彼女の公認として。

「じゃあさ、良いじゃん、メールして出掛けちゃえば」
「えっ、そう思う?」
「うん。だって、そういうことしても、お互い別れないみたいな確固たる自信があるんでしょ?」
「そう……なのかな……」
「そうじゃない? それか、本当に全く興味がないか。それなら別に、付き合ってる必要なくない? ってなるけど」
「なるほど……」
「前者なら、正直千景がポッと出てなんとかなるような間柄じゃ無いし、後者なら別れたとしてもなるべくしてなった、じゃない?」

(そういうものなのか……)

「航河君もまだ学生なら、今すぐ結婚どうのこうのも無さそうだし、どんなに仲が良くても、仲が悪くても。カップルなんて所詮赤の他人だもん。別れる時は別れるし、別れない時は別れない。結婚してたってそうなんだから。うだうだ言ったって、そんなもんよ、結局」
「……そっか。……それなら、良い、のかな……」

 私は柚子酒と一緒に、不安な気持ちを飲み干そうとした。

 悩んでいた。いくらいいと言われたからといって、その通りに振る舞っても平気なのかどうか。彼女がいる人と2人で出かけても、頻繁に連絡を取っても良いのか。
 普通ならノーと言ってしまうようなことに、イエスと答えそうになっている。

 話を聞いてもらうフリをして、ただ自分がやりたいと思うことに、『良いんだよ』と、自分以外の誰かに認めてもらいたかったんだ。
 そうやって、責任を所在なくしたかった。しても良いことだと思いたかった。問題無いと認めて欲しかった。――そうすれば、自分は楽でいられるから。

(……我ながら狡い……)

「ま、やりたいようにやりなよ。私は味方よ、味方。……でも、後悔の無いようにね? 大学生活だって、もう折り返してるんだし。……考えてみるとさぁ。片想い……って、楽しいんだよね」
「……うん。楽しい」
「相手が誰のこと好きだって、誰と付き合ってたって、片想いしてるだけなら。干渉しないなら、相手の意思関係ないもん。自分だけで完結するなら、迷惑かけずにさ」
「……友達以上恋人未満とかね」
「どっちも絶対好きでしょ!? って奴ね。……分かるわ」
「責任無いのに、付き合ってる風だからね。言い訳も立つし、逃げれば傷つくことも少ない。美味しいとこどりだよ」
「……ダメだった時めちゃくちゃ辛いけどね」
「それはある。……けど、そんな曖昧で甘酸っぱいの、今しか出来ないよね。社会人になったら、イメージ出来ない」
「リアリスト? ってのになるのかなぁ。就職に結婚に子どもに。歳を重ねれば重ねるほど、ぶつかる壁も増えていくし」
「……その時もうちら、こうやって話してたいね」
「してるでしょ、絶対」

 濃い内容で始まった恋愛話は、この後何時間も続いた。
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