あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-

6. 花火と夜


 すっかり本格的な夏を迎えたが、それでもまだ、日が陰れば涼しい場所もチラホラと見られる日々。ジワジワと迫る熱風に、外を歩けば肌にまとわりつく汗を拭い、日傘と日焼け止めが欠かせなくなってきた。
 数少ない日陰と夜間は憩いの場で、室内は空調がよくきいてカーディガンも手放せなくなっている。
 多少例外はあるとは言え、暑くなってきたことに変わりはない。

 照りつける太陽と、ジリジリと鳴き続ける蝉の声が、日中の暑さをより強いものにしていた。

 「ねぇ広絵、なんか今日、いつもよりお客さん多いよね?」
「あ、それ、花火大会のせいじゃない?」
「花火大会あるの? 近く?」
「結構近いみたいだよ? 今年から始まったんだって。……はぁ、シフト出す前に知ってたら、今日バイトなんか入れなかったのに」
「仕方ないよ。でも、それだから駅の付近人多かったのかな?」
「そうかもね。あーあ。広絵行きたいなー」
「帰る頃には終わっちゃうよね。せめて手持ち花火くらいやれたら良いのにねぇ」
「手持ち花火! 良い! 広絵もしたい! この後仕事終わったら、公園へやりに行かない?」
「えっ、今日? うちらラストまでじゃん。帰りかなり遅くならない? ……そうだ、直人誘ってみたら? 絶対来るでしょ」
「えーでも。直人と2人かぁ」

 初夏を過ぎた頃、お店に新しく人が2人入ってきた。1人の名前は直人。航河君と高校時の同級生らしい。人懐っこく、誰とでもすぐに仲良くなる直人が、この店に馴染むのには時間もかからなかった。
 もう1人は佳代さん。キッチンへ入ってきた女性で、社会人3年目の24歳だそうだ。彼女は社員で、早瀬さんと一緒に新店舗で仕事をするべく、同じ形態のこの店に研修へと来たらしい。
 今のところ、佳代さんは朝から夕方までしか入っておらず、なかなか会う機会が無かった。反対に、今一緒に仕事をしている直人は、シフトが被る機会も多く、今日も今日とてだった。

「あれ。直人、彼女いなかったっけ?」
「この間別れたらしいよ?」
「はやっ! 店入った時に、『付き合ったばっかりなんですー』って言ってなかった?」
「言ってた気もする。……けど、周りに結構早いスパンで付き合って別れて繰り返している子いるから、そんなに珍しくはないかな」
「そういう子は確かにいるわ。んー……千景もついてきて」
「えっ。邪魔になるからやだ」
「何で邪魔なの? 航河も誘えば良くない?」
「直人と広絵で行けば良いじゃん? それに、航河君彼女いるじゃん。2人ずつで分かれちゃいそうだし、微妙でしょ」
「航河、花火大会の日にバイトしてるんだよ? それに、彼女もなんかちょっと変わってるみたいだし」
「えー、それでもこのあとは分かんないし? ホラ、花火大会自体は、広絵みたいに知らなくてシフト入れたのかもしれないし」
「もしかして、私と直人が千景と航河の邪魔になったりする?」
「しません!」
「じゃあ良いじゃんー! 一緒にやろうよ! ね! ね?」

 珍しく広絵が躍起になっている。

(そんなに花火したいのかな……?)

 確かに、今夜のホールのメンツは、私に広絵、直人に航河君とそれに店長だ。だが、今日の仕事はラストまでのシフトである。片付けまで終わった頃には、日付も変わっているだろう。……何なら、もう既に眠い。

「直人ー!」
「なーに? 広絵さん」
「今日仕事終わったら、花火しない?」
「良いねぇ。やるやる! 千景ちゃんは?」
「私は……」
「航河、お前も来いよ」
「えー」
「どうせ予定ないんだろ?」
「あーはいはい。分かったよ」
「広絵さん、花火コンビニでいい?」
「うん、後で買いに行こうか」

 乗り気の直人と、全く乗り気でない航河君。きっと、航河君も私と同じ考えなのだろう。

「……俺ら邪魔じゃない?」
「私もそう思う」

 ――ほら、やっぱり。

 最近、直人がよく広絵の話をする。それに、2人で出かけたりするようだ。直人の方が誘うみたいだが、邪魔しちゃあいけない気がする。直人も彼女がいない今なら。ついでに、なんとなく、航河君も2人が一緒にいる時は、間に入らないようにしている気がする。

「どうするの? 千景ちゃん行くの?」
「うーん……」
「俺をひとりにしないで!」
「……帰りは送って行ってよ?」
「当たり前じゃん。それはいつもと変わらんよ」

 いつも航河君は、仕事が一緒になると帰りに送ってくれる。『当たり前』という言葉が、何処かくすぐったい。少しだけ、体温の上がる感覚がした。

 花火をやると決まったら、直人の仕事のスピードが上がった。面白いくらい目に見えてわかる。

『毎回あれぐらい仕事してくれれば良いのに』

 そう言う広絵に向かって、

『毎回今日みたいに仕事上がりに誘えば、間違いなく効率上がるよ』

 と、しれっと言ってのけた航河君は、舌打ちした広絵に肩を殴られていた。

(あれ絶対わざと言ってるでしょ航河君……)

「良いなぁ、皆花火行くの?」

 店長が羨ましそうに声をかけてきた。

「店長も行きます?」
「店締めなきゃいけないもん。みんなが帰った後にね。他に社員が今日いないから」
「終わったら来たら良いじゃん。広絵達、そんなすぐに帰らないと思うよ」
「あれっ、そう? なら行く!」

 意外にみんな乗り気だ。そんなに花火がしたかったのだろうか。ホールは私と航河君を除く3人のテンションが上がり、普段よりもハイペースで仕事が進んでいった。航河君の言う通り、毎回、これくらい仕事をしてくれれば良いのに……。

(……私も人のことは言えないか。さぁ、もう少し頑張ろう)
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