あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-
外では遠くに花火の音が聞こえる。ドォンドォン――と身体に響くこの音は、夏の風物詩だ。幾つもの音が重なると、今は夜空にどんな大輪の花がどれだけ沢山咲いているのかと、仕事をしながら鮮やかな想像を膨らませた。
仕事が終わり、いそいそと帰る準備をする。広絵と直人は、コンビニへ花火を買いに向かった。私と航河君は、先に公園へと向かう。
生暖かい風が頬を撫でた。歩いているとじんわりと滲む汗が、夜でも暑さを物語っている。
「俺達いないとダメなのかねー」
「いなくても良いと思うんだけどねー」
「ですよねー。完全にお邪魔だと思うんだけどなぁ」
「相崎さん来るなら、ウチら別に来なくても良かった気がするんだけど」
「同意」
「でも今帰ったら、絶対怒るよね」
「それも同意」
公園のブランコに座り、軽く漕ぎながら2人で話した。誰もいない公園は、昼間とは違い静まり返っている。キィキィと私達がブランコを漕ぐ音と、耳に響く風を切る音、蝉の鳴き声だけが聞こえる。
案の定、仕事が終わった夜遅くに花火大会はもう終わっていて、耳に残る音の欠片を思い出しながら空を見上げた。
「月が綺麗だね、空気が綺麗なのかな」
「今日は月大きく見えない? 俺の気のせい?」
「いや、私も大きいと思う。凄いね、近い」
航河君も同じように空を見上げ、直人と広絵が来るまでの時間、優しい空気が2人を包んだ。
「蝉はちょっと静かになったかな」
「夜は寝てるんじゃない? あとは暑過ぎると逆におとなしいのかも」
「俺虫苦手だから、いつも大人しくしておいてほしい……」
「私もそう思う……。今このタイミングでお願いだから来ないで欲しい。暗くて見えないからほんとビビる」
「それね、見えないよね」
「特に黒いのとか……。あー、やだやだ。……それにしても、遅くない……?」
なかなか広絵と直人が戻ってこない。コンビニはそんなに遠くない筈だが、30分経過しても一向に来る気配がしないのだ。
「んー、コンビニへ花火買いに行ってるだけにしては、あの2人遅いよね」
航河君も、同じことを思っていたらしい。この時期、大体どこのコンビニでも花火は売っているし、広絵達が向かったコンビニに売っているのは見たことがある。既に売り切れて入荷無し……なんてことは時期的にもまだないだろう。
「遅いよね。どこか寄り道してるのかな」
「えーっ。俺ら待ってんのに?」
「……流石に無いか」
「盛り上がって帰ってこないとか?」
「……それはあるかもしれないね」
「あの2人、良い感じに見えるけど。千景ちゃんどう思う?」
「んー、そうねぇ。直人の方が広絵を気に入ってるというか、興味がある感じ? 広絵は、適当にあしらってるっていうか、弟なのか旧知の仲なのか……」
「直人、結構見て分かるよね? 広絵さんとシフト一緒になると、めちゃめちゃ嬉しそうだし」
「だね。彼女と別れてから、なんか広絵にグイグイ行く感じしてる」
「俺の勘では、直人は広絵さんのことが好きだね」
「私の勘でも直人は広絵が好きだわ」
「だよねー」
「だわー」
私と航河君の意見が一致した。……まぁ、あの2人を間近で見た人は、十中八九同じことを言うだろう。それだけ、好意が前面に出ているのだ。
「――いたいた! お待たせー!」
「あ、広絵! 遅いよー!」
「ゴメンゴメン。直人がジュースや食べる物欲しいって言うからさ。それも選んでたら遅れた」
「広絵さんだって、『化粧直しが……』って、コンビニのトイレに籠ってたじゃん。俺のせいにしないでよ」
不貞腐れた直人が言う。
「ちょっと、それ言わなくてよくない? 広絵恥ずかしいんですけど!?」
バコっと肩を一発殴られた直人は、しゅん、となって広絵に『ごめんなさい』と謝っていた。
「店長来た?」
「流石にまだ。今日お客さん多かったし、もう少しかかるかもね」
たった30分と少しでは無理だ。あの店長は細かいし、一度確認し終わっても、また二度目三度目とゆっくりと丁寧に確認するだろう。そうして納得してからようやく、締めることが出来る性格なのだ。
「先始めようよ。広絵線香花火が良い」
「それ早くない? まずはこっちの手持ち花火……あ、ヘビやる? ヘビ」
「ヘビ? あっ、広絵やだ! それ追いかけてくる奴でしょ? 却下却下!」
自分の希望を広絵に却下され、また直人はしゅんとした。
(どう見ても、お似合いだと思うんだけどなぁ……)
今この瞬間に『実は付き合ってます』と言われたら、私も航河君もあっさりと至極当然のように『でしょうね』と答えるだろう。
「千景さん? 広絵さん達始めちゃったから、俺らも花火やる?」
「そうだね。始めようか」
「千景ちゃんこれね。航河はこっち」
「ありがと」
「ほいほい」
直人から受け取った花火を手に、航河君と私はその場にしゃがみこんだ。
「こういう時ライターあるって便利だわ」
「……未成年が何を言う」
「もうすぐ誕生日だもん」
「でもまだでしょ?」
「千景さんの前では吸わないから良いの!」
「えっ、そういう問題?」
「そういう問題」
カチッとライターに火を灯し、花火の先へと近付ける。点火した花火はシャァアァァ――と独特の音を上げながら、白い煙と色鮮やかな火花を散らした。鼻をツンと突く火薬のニオイも、流れ出るその光の美しさから気にならなくなるのが不思議だ。