あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-
「お、凄い。ほらほら、千景さんもこっち。花火ちょーだい」
「はーい」
直人から貰った花火を差し出すと、航河君がライターで点火してくれた。航河君の花火は全体的に赤っぽい火花だったのに対し、私のは黄色っぽく、より自分が明るく照らし出されたような気がした。
「綺麗だよね、花火」
「ん。綺麗」
「航河君、今日彼女と花火大会行かなくて良かったの?」
「あー。……彼女は今日仕事だったの。誘ってみたけどね」
「花火大会だっていうのは、知ってたんだ。広絵は知らなかったって言ってたから」
「そりゃ、彼女を楽しませるために、昼夜研究しているわけですよ。お陰でシフト出すのギリギリだったけど」
航河君は、花火を見つめたまま寂しそうにそう答えた。
「そっか……」
言葉に詰まる。本当は航河君は、彼女と今日花火に行くのを凄く楽しみにしていたのかもしれない。でも、仕事では何も言えないだろう。
「という訳で、今日は千景さんと花火です」
「直人も広絵もいるけどね。店長来るし」
「あれはもう2人だけの空間でしょ」
顔を上げた航河君の視線の先にある、花火を持った直人と直人に追いかけられている広絵の顔は、満更でもなさそうに笑っていた。
「あの2人、付き合っちゃえば良いのに」
「……そうだね」
「そしたら、俺達付属品みたいにくっついてこなくても良いのに」
「……うん」
楽しそうに笑う2人を見てから、私は航河君へと視線を向けた。花火に照らされた航河君の横顔は、どこか寂しそうでとても綺麗だった――。
広絵達が買ってきてくれた花火の二袋目も、半分ほどなくなりかけた頃。店長が公園に顔を出した。その手に、追加の花火と、飲み物を入れた袋を持って。
「お待たせー! 今日は確認が多くて、遅くなっちゃった。ごめんね。これ、追加」
「店長ありがとー! 直人、店長から袋貰って」
「はいはい」
(あれはかかあ天下か?)
まだ付き合ってもいないのに、既に直人は広絵の尻に敷かれていた。相崎さんは『あれ? お前ら付き合ってんの?』と余計な言葉を口にして、広絵に『はぁ!? 付き合ってないし! やめてくれる!?』と、盛大に切れられていた。広絵は気が付いていなかったが、その横で直人は、本日数えて3度目の落ち込みをみせていた。
(まるで主人に忠実な犬のようだわ……)
「……犬」
私は心の声を思わず口にしてしまった。
「ふっ……ははは、千景さん、ククッ、それ、ダメ、あはは!」
航河君にその意味が伝わったようで、大きな声で笑い始めた。
「え? 何? 何で航河笑ってんの?」
「い、いや。何でもない、ククク……」
笑いを堪えるのに必死である。どうもツボにはまったらしい。訝しがる広絵は、それでもすぐに切り替えると、店長の差し入れからお酒を取り出した。そして2本手に取ると、直人に袋を店長に返させ、また花火を始めた。
「私も飲もうかな」
「千景ちゃんには、これがお勧め。桃のお酒なんだけど、アルコール感なくて、甘めなの。果物感強いし、アルコールの味、そんなに得意じゃないでしょう?」
「ありがとうございます。そうなんですよね、あの鼻を抜ける感じが苦手で……」
「ジュースみたいだけど、度数は強いから飲み過ぎに注意してね。俺も好きでよく買うんだけど、結構強くてすぐに眠たくなっちゃうんだよね」
「はぁい」
差し出された缶を受け取る。プシュッと指にかけたプルタブを引くと、シュワシュワと炭酸の泡が始める音と一緒に、桃の甘い香りがふわり、と漂った。
「わぁ、良い匂い」
クンクンと桃の香りを堪能し、それから口に含んだ。
「あ……美味しい」
しっかりした桃の風味が、口全体に広がる。少しアルコールの味もするが、それも少なく、鼻に抜けるのは圧倒的な桃だった。少しもったりとした口当たりで、炭酸なのに舌触りは重たい。今まで飲んだお酒の中で、個人的には2番目のヒットだ。1番目は蜜柑のお酒である。これも果実がふんだんに使用されており、蜜柑が大好きな私としては、アルコールが得意でなくても飲みたい逸品だった。
「美味しい?」
「うん、美味しい」
ゴクゴクと飲み進めていく私に、航河君が問いかけた。
「俺にも一口」
「未成年!」
「一口ぐらい良いじゃん!」
「あっ!」
航河君は私の手から缶を奪うと、一口、口に含めた。
「あ、ほんとだ。これ美味しい」
「でしょ?」
「うん。もうちょっと」
「私のなのに」
「帰りに買ってあげるから」
「……いや、未成年よ! アナタ!」
「えっ? 俺どう見ても成人してるでしょ?」
「見た目の話じゃないの!」
そういってまた飲み始める。航河君はそれなりの量を飲んだと思われる缶を、私へと返した。
(……しれっと飲んで普通に返してくれたけど……。これ、間接キス……ですよね?)
「これはリピートだな」
「もう……ちゃんと後で買ってよ?」
「分かってる。俺も買って帰るし」
「自転車飲酒運転にならない?」
「危ないから引いていくよ。時間かかるけど良い?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、帰る時は先コンビニ寄ってから帰ろうね」
「了解」
「……ねぇ、お前ら付き合ってんの?」
「……はい?」
「俺彼女いますけど。美織ちゃん」
「……残念」
何が残念なのかはよく分からないが、拗ねたように口を尖らせて見せる相崎さんはそんなに可愛くなかった。そして何を思ったか、皆で花火をしに来たのに、公園の端っこで独り花火を始めた。
(拗ねたってことかしら? ……何で!?)