あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-

 ――そうだ。航河君には、彼女がいるのだから。『美織ちゃん』という名の彼女が。航河君のみっつ上の、社会人の彼女が。アパレルの仕事をしているらしい。詳しくは知らないが、航河君が私に話したことのレベルでなら知っている。

「なんで店長俺に彼女いるの知ってるのに、あんなこと聞くんだろう」
「……さぁ。分かんない」
「そんなに俺、独りで寂しそうに見える?」
「……違うと思うよ?」

 チクリと痛む胸を、手のひらでギュッと握った。

「――コラ! 君達何をしている!」
「あっ! やばっ!」

 花火の終了の時間だ。巡回中の警察に見つかったのだ。

「保護者誰? 未成年いない?」
「あ……私です」

 端っこで一人花火をしていた相崎さんが、慌てて私達の前へと走ってきた。

「え? 君? 何? 大学生?」
「いえ、33です……」
「はっ? 本当なの? 33? 免許証あるなら見せて」
「はい……」

 警官が見えた瞬間、私達は自然と後ずさりしていた。店長には申し訳ないが、ここから見守ろうと思う。

 店長が警官と喋っている間、私と広絵は航河君と直人の後ろに隠れて、飲んでいたお酒の缶を袋にしまった。見つかってしまってはまずい。直人は直人で、こっそりと煙草をズボンのポケットから鞄に移していた。

「やばい、どうする……?」
「ちょ、そこの植え込みに置いといて、前に立てばバレないかも……?」

 まだ店長は喋っている。その間に、私と広絵で裏工作を行う。

(めちゃめちゃ悪いことしてる気分……。ひぇぇ……ごめんなさい……)

 皆お酒を飲んでも顔色が変わらないから羨ましい。明るいところで見たら、私の顔は真っ赤だろうに。

「……ねぇ、店長童顔だとは思ってたけど、まさか大学生に間違われるとはね」
「暗いしよく見えないんじゃない? あれで既婚子持ちです、って言われても、確かに広絵も信じられないかも」
「私も無理かも。ってか、今日来て良かったのかな、店長」
「なんで?」
「遅くなっちゃうじゃん、帰り」
「奥さんと毎日喧嘩してたらしいよ、帰宅時間で」
「遅いもんねぇ。休みも不定期だし。でも、飲食だと仕方なくない?」
「それはそうなんだけど、遅いって怒られて、やけ酒して帰ってまた怒られて、帰り辛くて寝静まってから帰るらしいよ」
「は? それまで何してるの?」
「店で掃除したり、翌日の準備したり、何にもない時は漫喫行ったりしてるんだって」
「はぁー……。大丈夫なのかな、家庭」
「さぁ? 子どもまだ小さいみたいだしね。あまりにも顔合わせなくて、その内喋るようになったら、パパじゃなくて『おじちゃん』って呼ばれるようになるんじゃない?」
「……その忠告、是非店長にしてあげて」
「えー、めんどくさい」

 ペコペコ頭を下げる店長を見て、申し訳ない気持ちいっぱいになる。

「はぁ。今回は注意だけにするけど。ここ花火禁止だからね。駄目だよ。ちゃんと片付けて帰って」
「はい、すみませんでした」
「君達も。良いね?」
「「「「はーい」」」」

 声を揃えて返事した。

「怒られちゃった。帰ろうか」
「待って、広絵、写真撮りたい」
「写真?」
「デジカメ持ってきたの。お願い! 皆で花火やってるところ、写真に残したいの」
「誰が撮るの?」
「誰って。勿論店長じゃん。はい、皆花火持って」
「ダメって言われたよ?」
「ゴメン! 一瞬だけ! すぐ消す!」

 広絵にデジカメを渡された相崎さんを前に、4人横に並ぶ。直人、広絵、私、航河君の順だ。

「火をつけたら、皆ピースしてね、相崎さん、タイミング逃さないで!」
「はいはい」

 相崎さんがデジカメを構えた。直人と航河君に火をつけてもらうと、花火で回りが明るくなる。言われた通り、片手でピースを作った。

「はい、撮るよー! 笑って! はい、チーズ!」

 今を切り取り、デジカメに収めた。また警官が戻ってこないように、急いで火を消した後、綺麗に片付けをして公園を後にする。

「写真現像したら、みんなに渡すね!」
「俺写ってないし」
「まぁ良いじゃん!」

 悲しそうな店長を後目に、直人は広絵と、私は航河君と一緒に帰り道を歩く。
 約束通り、航河君にコンビニで桃のお酒を買ってもらった。いつもと同じ帰り道。でも、私の心はいつもよりもザワザワとしていた。

「どうかした?」
「ううん、何でもない。花火、楽しかったね」
「だね。結局、店長何しに来たのかわかんないけど」
「あはは、独りで花火してたしね。警官の相手もしてもらっちゃったし、ちょっと申し訳なかったかな」
「大人の仕事!」
「もう私達も大人じゃないの?」
「俺の心は永遠の少年です」
「なにそれ。子どもってこと?」
「心はね」
「変なの」

"大丈夫。いつも通りだ"

 航河君は私を家まで送ると、まだ自転車には乗らず、歩いて帰って行った。

 2日後、バイトに行くと、広絵から写真を貰った。花火の時の写真だ。家に帰り、寝る前に航河君から同じ日に貰った桃のお酒を開けて、机に写真と共に置いた。

「結構よく撮れてるじゃん」

 そこには、花火の火と煙を前に、ピースサインで笑う4人が写っていた。
 私の隣には、航河君がいる。お互いに寄り添うように身体を傾けて写るその姿に、店長の『付き合ってるの?』という声が頭に響く。

「……付き合ってる訳ないじゃん」

 一口、桃のお酒を口に含んだ。

「……おかしいな、このお酒、甘いはずなのに。……なんで、何で今日はこんなに……」

 写真の私も航河君も、良い笑顔をしている。

「苦いんだろ」

 この夏の一番の思い出を見つめ、私はそう呟いた。
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